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TOSA(大阪・北浜)

Instagramのストーリーズでレミさんが関西に来ていることを知り、連絡せずにはいられなかった。「夜しか時間取れないから大阪でなら」という誘いに私は迷わずOKし、平日の夜だと言うのに、京阪電車に乗って大阪に向かっている。仕事もプライベートも充実しているレミさんに、私のしょうもない話を聞いてもらうのは申し訳ない気がするが、どうしても前回アルバイト仲間で飲んだ時に彼女が「年下の子といい感じだった」と言っていたことが気にかかっていた。

プレゼントで貰ったネックレスは、つけるどころかあのあと一回も箱から出していない。新卒の子がまだ数回目かの給料の中から付き合いたての彼女に数万円のものを贈ってくれたと言うのはありがたいことだが、私は30歳だ。期待してはダメなのはわかるが、ネットでも散々アラサー女に送るべきではないと言われているブランドをチョイスしたのはなぜなのだろう。単純に年齢の差だけではなく、感覚の違いを見せつけられる。そうだ、ドライブに行った時のBGMだって。

今日のお店は、北浜テラスのお寿司屋さんらしい。「寿司といっても普通の寿司ではないよ」というレミさん情報だが、割と新しいところらしくそこまで予習はできなかった。京都の川床は夏の間しか出ないが、ここ北浜では一年中川沿いのテラス席を楽しめると言う。9月の中旬でまだ暑いが、夜はちょうど気持ち良いくらいだろう。

店の前で、ちょうどいま着いたところだというレミさんと落ち合う。秋色のロングワンピースが良く似合っている。私が着たら、おそらく裾を引きずってしまうだろう。
「お待たせしました。貴重な大阪滞在なのに、時間作ってもらってありがとうございます」
「全然。今着たとこやし。入ろうか。ここ、私も初めてなんやけどなんか面白そうで。今度ウチの大阪特集で北浜テラスも出すし、下見も兼ねてるんよ。逆に付き合ってくれてありがとうな」
レミさんは、強そうに見えていつも物腰が柔らかい。年下の男の子も、これは夢中になるだろうな、と思う。逆に私なんかは、これといった特徴もない普通の公務員で、何がそんなに彼のお気に召したのかわからない位なのに。

テラス席に通され、プレモルで乾杯すると、エビがどんと乗ったグラスが運ばれてきた。
「とりあえず、食べ物はコースで予約してるけど、愛佳ちゃん好き嫌いなかったよね?」
「はい。私から誘ったのに、予約までありがとうございます」
「いや、だから付き合ってもらうんだし良いんやって。愛佳ちゃんから誘ってくれるの久しぶりやない?嬉しかったわ。最近、何かあった?」
「えーと、取り敢えず食べましょうか!」

タコと彩豊かな野菜を和えたものはセビーチェというらしい。中南米でよく食べられている魚介のマリネだという。
「私、初めて食べました」
「あんまり見ないよね。お寿司屋さんって言ったけど、普通じゃないやろ?」
「はい、驚きました」
「最後出てくるの、普通のお寿司じゃなくてカリフォルニアロールらしいからね。コロナになって、飲食店もどんどん変わってくるんやろうね。昼はここハンバーガー屋さんらしいし」
そう言えば、レミさんはあまり自分の恋愛的な話をしたがらない。タクミさんとのことだって、普通の女子なら沢山喋りたいだろうに、そういうところもかっこいいなと思う。仕事でも経験を積んでいて、それでいて外で遊ぶことにも積極的だから、恋愛の話などしなくても話題に尽きない。本当は、優樹の話を聞いてもらいたかったが、気が引けてくる。

白ワインをボトルで頼み、バッファローウィングにかぶりつく。まさかお寿司屋さんでお肉を食べることになるとは思っていなかったが、辛さもちょうどよく、衣がないので普通の手羽の唐揚げより軽くて食べやすい。30歳の胃には、この位の揚げ物が丁度よいなと思う。
「それでさ」
レミさんがワイングラスを片手に言う。
「前言ってた年下の子。何かあったんやろ?」
「え。なんでわかったんですか」
「なんでも何も。愛佳ちゃん、平日から、しかもわざわざ大阪まで来て飲むって感じでもないやん。普段なら。私が大阪いたころやって、いつも土曜日とかに予定が合えばって感じやったし。だから、何か話したいことあるんかなーと思って」
「流石レミさんです」

やはり、最近会う回数が減っているとはいえ、レミさんにはすべて見透かされている気がする。恥ずかしさで、摂取したアルコール量以上に顔が赤くなる。取り繕ったりかっこつけても今更だろう。
「その子なんですけど。先月告白されて、付き合うことになりまして」
「良かったやん。ん?そうでもない、感じやね」
やはりレミさんはわかっている。私の表情のかすかな曇りでさえも、この人は気付けるのだろう
「はい。私も、30歳になりましたし、失恋したばかりで彼氏欲しいっていうのはあって。最初から少し違和感はあったんですけど、良い子だなとは思ったんで、物は試しだと思って流されたんです」
「でも、やはり何かが違う?」
「はい。相手の子、25歳なんですね。最初は若いから感覚が違うだけと思っていたんですけど、価値観とか考え方とかにどうしてもこれじゃない感を思ってしまって。趣味とかも全く合わないし。せっかく好きって言ってくれた子がいるのに、何贅沢言ってるんだよって話だと思いますが」
「うん。確か、同じ地元の子なんよね?愛佳ちゃん、地元嫌いだったやんな?その子はどうなん?」
「それが、大学まで地元で。まあ言ってしまったらマイルドヤンキーというか。それはそれで悪いことではないとわかってるんですね。でも私は色々捨ててこっちで暮らしているつもりだったので」
「その感覚の違い。大きいかもな。私は30まで地元の大阪にいたからその辺のことはわかってあげられんけど、それが愛佳ちゃんの大事にしていることなら、無理することはないと思うわ」
「ありがとうございます。レミさんは、東京に行く前、年下の子といい感じだったと言ってましたよね?」

レミさんの言っていた通り、寿司はカリフォルニアロールだった。
「私、カリフォルニアロールって初めて食べます。大阪でって、面白いですね」
「やろ?このアボカド、美味しそう」
5種の寿司、もといロールは見た目も鮮やかだ。脂の乗ったオジサマや経済力を見せつけたいだけの若い成金の子が誘う寿司とは違い、女子会にぴったりな店だなと思った。

「うん。好きだったんよね。その子も愛佳ちゃんの彼氏と同じで、飲んでて出会った子なんやけど。あ、確か愛佳ちゃんの地元の大学出身だったわ。故郷は広島言うてたけど。良い子だったよ。見た目もタイプやったし。タクミとはちょっと違う感じやけど。ただ、やっぱり育ってきた世界もそうだし、大人になってから見てきた世界も違うなっていうのがわかって。そういうのも面白いなと思ってたんやけど、ちょうどこっちでの仕事が景気悪くなって、タクミに誘われてたから、そっち行ったって感じかな」
「付き合っては、なかったんですよね?」
「なかった。ダラダラと、まあいいように言ったら曖昧な関係?大人の関係ではあったんやけど。お互いバリア張ってたんやろうな。付き合おうって言われた時は、私もう東京行くの決めてたんよね。なんだろ。タクミ、愛佳ちゃんは会ったことないよね?昔からの腐れ縁で、学生の頃はそりゃあ猛烈に好きだったんやけど、その時はもうそういう気持ちはなくて。でも、居心地は良いんよ。似ているからなんやろうね。その子、サトル君っていうんやけど、サトル君はやっぱりそれがなかったんかも。お互い素ではいれない感。私は結局そこまで大人になれなかったんよね。自分に心理的に近い方に流された」

レミさんが、ここまで自分の恋愛に関する話をしてくれたのは初めてな気がする。サトルさん、その名前はおろか、この前の女子会まで、そんな人がいたのも知らなかった。
「ごめん。話しすぎたわ。というか、愛佳ちゃん。恋愛や以外にやりたいことはないん?成績もやたらよかったし、今でもいつも本読んでるやん。公務員の仕事、楽しい?」
レミさんが、母と同じことを言うので驚く。
「仕事は、正直退屈です。公務員って、凄く忙しい部署と凄く暇な部署があるんですよ。実は今年から暇な方に異動になって。時間を持て余してる感はあるんですよね。だから、恋愛を焦ってしまったんかなあ」
「絶対それあるって!私も、サトル君との出会い、コロナで仕事が暇になった時やったから。なるほどなあ。でもまあ、まだ30歳なんだよ。私なんて31歳でいきなり上京やで?その子のことも、焦らずゆっくり考えたらええんやし」

レミさんのiPhoneが鳴る。
「もしもし。え?あ、もう終わったん?こっちも食べ終わってまだ一軒目で飲んでるとこ。え?合流?ちょっと待って」
「愛佳ちゃん。今からタクミが合流しようって言うんやけど、どう?」
タクミさんを一目見てみたいという思いはあるが、明日も仕事だから京都に帰らなくてはならないという現実がある。そして、何よりも、今レミさんとタクミさんが二人で幸せそうにしているのを見たら、恋愛そのものに固執してしまう気がする。
私は少し悩んで、「明日も早いので遠慮します。タクミさんと水入らずで楽しんでください!またお会い出来たら嬉しいです」と返した。

TOSA
大阪・北浜
寿司・ダイニングバー


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