岡北(京都・岡崎)
この辺りに平安神宮と動物園があることはなんとなく知っていたが、美術館が立ち並ぶエリアだというのは今日初めて知った。そういえば、博物館ならば上野公園のところに何回か行ったことがあるが、美術館に足を踏み入れたことは人生で一度もない。愛佳さんがあまりにも自然に、「今は何の展示しているかなあ」などと言うので流されて来てみたが、やはり全く興味は湧かなかった。愛佳さんにとっては、デートでも一人ででもそういう場所に行くことは日常のことらしい。
「今日初日だし混んでるかなあ。まあ食べ終わってもまだ12時前だし行けるか。一時期コロナでどこも予約制だったじゃん?あれ、面倒くさかったよね。あの時期ほとんど行かなくなったもんなあ」
少し早めのお昼をということで、蕎麦とうどんを出す人気店に入った。「ここも隣も、いつも並んでるんよ」と愛佳さんが言う通り、開店前だと言うのに列ができていた。隣店のうどん屋と人気を二分しているらしい。熱いお茶を啜りながら言う彼女の言葉に頷いてみせる。そもそも美術館と言う場所が普段予約制かどうなのかも知らないし、行ったことがないのだから共感など出来ない。けれど、本当のことを言うとがっかりされるような気がして言い出せない。
「私は朝なにも食べてなくてお腹空いたから天ぷらそばとかにしようかな。あ、でも生湯葉の鶏卵って美味しそうじゃない?優樹くんはどうする?」
昨日、三連休前だということもあり、同期たちと飲みすぎてしまった。本当は、この11時待ち合わせもきつかったくらいだ。悟られないようにと思うが、がっつりしたものを選ぶ気にはなれない。
「この、冷やし月見で」
「え、お腹空かない?美味しそうだけど。優樹くん、若い割にはそんな食べないよねえ。脚とか私より細いし」
食べることは好きだし、外食もするが、確かに自分はそこまで量を必要とする方ではないかもしれない。彼女と一緒にいられることは嬉しいが、朝から、しかも興味のない場所に行くデートは正直気が重い。
9月も中旬なのに今週はまだ30度を超える真夏日が続いていて、冷たい蕎麦にして正解だったなと思う。つけつゆに入った卵と蕎麦がほどよく混ざり、二日酔いの胃に丁度良い。愛佳さんの鶏卵うどんも美味しそうだ。蕎麦屋、うどん屋はそれぞれ星の数ほどあるが、両方をきちんと売りにしている店というのはそんなに数が多くないように思える。次はうどんを食べにこようか。
ふと気になって、彼女の首元を見てみる。Vネックのカットソーを着ているのに、この前プレゼントしたネックレスは付けていない。今日は忘れてしまったのだろうか。気に入ってくれたみたいだったから、喜んで付けてきてくれることをどこかで期待していた。
「うん?どうした?あ、うどん欲しい?」
愛佳さんは、俺が今考えていることなんてちっともわかっていないようで、的外れなことを言ってくる。
「いや、ちょっと考え事してた。ごめん」
「あ、そうなん。じっと見てくるから何かなと思った。ここ美味しいよね。私も、うどんは隣も有名だから何となくいつもお蕎麦選びがちなんだけど、うどんも美味しいよ。岡崎って意外と遊べるところも多いし、こういう昼にサクッと美味しいもの食べれるところって嬉しいよね。ちょっと並ぶけど」
「うん。隣も行ってみたいな」
やはり気になって、どうしても返事が適当になってしまう。
「そう言えばさ、来週も三連休じゃん?愛佳さんは何か予定あるの?」
きっと忘れていただけで、次は付けてきてくれるだろう。「あげたネックレス、付けないの?」と直球で聞くのは流石に恥ずかしい。
「うーん。ちょっと調べたいことはあるんだけど特に予定はないよ。どこか行きたいところある?」
彼女は今日も楽しそうだし、次の予定も提案してくれている。俺のことが嫌になったとか、気に食わないとかではないのは確かだ。来週末は、俺の行きたいところに連れて行こう。
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