カオススパイスダイナー(京都・新京極)
二週連続で誘うなんて、しつこいと思われるかもしれないと悩んだ。けれど、メーカーの夏休みは長く、来週は地元に帰る予定にしている。その前に、愛佳さんとの仲を少しでも縮めたかった。
大阪出身の翔太が、よく地元で食べていた人気のカレー屋が京都にも店を持っていると言っていたので、昨夜ダメ元で「もし明日の昼間空いてたら、スパイスカレーでも食べに行きませんか?」とLINEを送ったら、またOKをもらえた。向こうもこっちに気がなければ、こう毎週誘いに乗ってはくれないだろう。弟みたいと思われている懸念はあるが、巻き返せる自信もある。年上の人は初めてだけれど、今までの恋愛を振り返ると、こっちが気を持ったら応えてくれる女の子が殆どだった。
「イケメンは良いよな」
今まで散々言われてきた言葉だ。中学くらいまでは、勉強ばかりしていて目立つ方とは言えなかった自分はモテる部類ではなかったが、愛佳さんの母校の県下トップの公立高校に落ちて、マンモス大学の付属高の特進クラスに入った頃から、容姿を褒められることが多くなった。そこでもまた勉強漬けの日々で、あまり気にすることはなかったが、地元の国立大学に進むと風向きがさらに変わった。身長も伸びたからだろうか。成人式では、当時は全く話したこともなかったような一軍女子からもLINEを聞かれた。同窓会では、あからさまに色目を使ってくる子もいた。地元じゃ負け知らずの学歴と180cmの長身で、調子に乗っていた時期がなかったと言えば嘘になる。
待ち合わせの河原町三条に着くと、iPhoneの画面を睨んでいる愛佳さんが立っていた。
「ごめんなさい。お待たせしました」
「いや、私も今来たところだよ。お店、空いてるかな」
「空いてなかったら、この辺なんでもあるんで適当に入りましょう」
並んで歩くと、思ったより小柄だなという印象を受ける。顔つきと、しっかりした性格、年上という勝手なイメージから、何となく高身長の女性だと思い込んでいたが、160cmもないのではなかろうか。真夏だと言うのに全く日に焼けてない肌も相まり、弱弱しさを感じるほどだ。
「優樹くんって、いつも誘い急じゃない?」
「え、そうですか。ごめんなさい」
「いや、嬉しいよ。私も暇してるし、ありがとう」
京都人は、本音と建前を使い分けると言う。愛佳さんは京都人ではないが、物心がついてからで言えば、もう地元よりも京都の方が長いだろう。嬉しいよ、と言ってはくれるものの、本心はわからない。
店に入ると、運よくテーブル席が1つだけ空いていた。
「カレーって久しぶりだわ。大阪によく行ってた頃は、たまに食べてたけど。ここも大阪では行ったことあったけど、京都にもあったんだね」
また先を越されているな、と思った。生きている年数も、関西にいる年数も違うのだから当たり前なのに、どこかむず痒い。
「大阪、スパイスカレーが有名みたいですね。ここも、大阪出身の同期が教えてくれたんですよ。あ、最初会った時に一緒にいた」
「ああ、あの子大阪って言ってたね。京都もいくつかあるけど。京都はラーメンなんかなあやっぱり」
「同期と一乗寺、行きましたよ」
「やっぱり行くよね。この年になるとあんまラーメン食べに行こう!とはならないけど、たまに食べたくなるわあ」
よかったら今度一緒に、と言いかけたところで、愛佳さんが店員を呼び止める。
「あ、私ビールください。優樹くんも飲む?」
「はい。じゃあビール2つで」
本人には自覚はないかもしれないが、愛佳さんにはマイペースというか、自分のスピード感に他人を巻き込んでいく癖があると思う。普段は控えめな感じすらするのだが、飲食店での立ち振る舞いや、会話の切り替え方などからそう見えることがある。年上だから、リードしなくてはと考えているのだろうか。
「先にビール頼んじゃったね。カレー、何にする?3種類から選べるんだって。あ、全部あいがけとかもできるんや。全部も良いなあ」
「そうですね。でも、俺この麻婆のやつはちょっと怖いから、キーマとチキンの2種類にします」
「そう?美味しいと思うけど。ご飯はやっぱり色付きの方がよいなあ。小選べるの嬉しい。小にしてスパイス卵乗っけよう」
彼女なりのこだわりは色々とあるらしい。少しの違和感はあるが、ビールを美味しそうに飲む子どもみたいな笑顔を見ると、やはりあの夜に思った「この人しかいない」という気持ちがそれを打ち消す。
それぞれのカレーが運ばれてくる。スパイスカレーというジャンルをこれまであまり知らなかったが、思ったより食べやすい。少し辛いので、愛佳さんに勧められた通り、卵を乗せて正解だったなと思う。
「ビールと合うわ。卵、正解だったでしょ?」
「今、全く同じこと思ってました」
「でしょ?ていうかこのチキン、美味しすぎるわ。ご飯小じゃなくて良かったかも」
「チキン、まだ食べてないです。わ、本当だ」
「またスパイスカレーはまりそうだわ」
「他のところも行きましょうよ」
「なんか、優樹くんといると、関西来たばかりの頃をもう一回追体験できるというか。変な感じだわ。もう10年以上いるし、周りは関西人ばかりだから普段は関西弁でちゃうけど、優樹くんといると自然に標準語に戻るし」
「良くわからないけど嬉しいです。また色々教えてください」
「そうだね。いいね。これから楽しいことばかりだよ」
「愛佳さんと行ってみたいところ、沢山あります」
「美味しかったねえ」
外で待っている人もいたので、食べ終えてすぐに店を出る。手元のApple Watchを見ると、まだ13時半だ。
「このあと時間あります?」
「うん。今日は何もないから」
「少しお茶でもどうですか?」
「いいよ。この辺だとどこがいいかな」
「あ、さっきのとこにサンマルクありましたよね」
「ああ、あったねー」
2人で肩を並べ、再び炎天下を歩く。愛佳さんの顔が少し曇っている。暑さにやられたのだろうか。早く店に入って涼まないといけない。まだ彼女と話したいことは沢山ある。
カオススパイスダイナー
京都・新京極
カレー店
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