回転すし 悦三郎(兵庫・淡路島)
「ドライブでも」という優樹の誘いに、正直心が躍った。私自身は、大学1回生の夏休みに地元で免許を取ってからろくに運転などしたことがなかったので、ペーパードライバーだ。俊介も、都会生活が長いせいもあり同じようで、ドライブデートなんて何年もしたことがなかった。
合わないかもしれない、という思いは日々強くなるが、閲覧用にしているTwitterで恋愛格言的なアカウントを覗くと、「ドライブデートはその男性の本性がわかります。運転の仕方だけでなく、会話や気遣い、かける音楽で彼
との相性を見極めましょう!」と書いてあった。そう。今日見極めればよいのだ。
優樹は、自宅マンションから徒歩10分の所に安めの駐車場があったので、地元から車を持ってきたと言っていた。25歳でマイカーなんて凄いな、と思ったが、彼と同じ地元の大学に行った同級生らは皆、入学祝で車を買ってもらっていたことを思い出す。
午前9時、四条烏丸の交差点に、優樹がカーキ色のハスラーで迎えに来た。
「今日も暑いね。お待たせ」
流れていたのは、この数年の間に出てきた流行りのJ-POPバンドの曲だった。バンド名は思い出せない。確か、果物のような名前?テレビやドラッグストアで流れる有線で何度か耳にしたことがある曲だった。世代が違うから、仕方ないのか。今日のために、私も一応AppleMusicでプレイリストを作ってきたが、出番はないなと諦め、ポケットに入れていたiPhoneを鞄にしまいなおした。そう言えば、好きな音楽の話などはしたことはなかった。これから淡路島まで約2時間のドライブだ。
明石海峡大橋を抜けて、高速道路を下りる。島内の海岸線には、最近できたであろう垢抜けたカフェが点々としている。車という手段を持たない私は、12年も関西に住んでいながらこの島に踏み入れたことがなかったのだが、このところもっぱら活気づいているということは、情報番組でも雑誌でもたびたび目にしていた。最初の目的地は、優樹が同僚に教えてもらったという寿司店だ。回転寿司ながら、新鮮で美味しいものがいただけるらしい。実は、昨日も仕事関係の飲み会で最後に寿司を食べたが、内陸の京都で食べるしょっぱいだけのそれと海沿いで食べるものは全然違うのだろうと期待が膨らむ。
開店時刻と同時に着いたので、普段は行列ができることもあるというその店には、並ぶことなく入ることができた。運転があるので飲めない優樹に気を遣うが、一杯くらいならと思い、この島の地ビールであろう「あわぢびーる島レモン」を頼む。レモンと冠しているだけあり、爽やかで、午前中に飲むにも罪悪感がない。窓の外には、海が見える。海のない場所でずっと暮らしてきている私にとっては貴重な景色だ。
2人でタッチパネルを覗き、注文を考える。回転レーンはあるが、基本は注文する形式らしい。どれも美味しそうなので、いっそセットにしてしまおうかと提案したが、優樹の希望で各々好きなものを頼むことにする。優樹は、あまり赤身の魚を食べないと言う。関東の海側県出身者としては珍しい。地元で魚と言えば、赤身一択だったのに。
「淡路三昧」という、この島でとれた魚の三貫盛をいただく。サヨリと鰆、鯛が綺麗に並べられている。鯛は普段でも口にすることが多いが、生のサヨリや鰆なんて、京都ではあまり食べる機会がない。くどくないがしっかりとした旨味に舌鼓をうつ。日本酒が飲みたくなるが我慢だ。
鰆が気に入ったので、再度頼む。これまで白身魚だと思っていたが、優樹がiPhoneで調べたところ、実は赤身魚だということがわかった。「気になる」と思ったことを、ちょっとしたことでも全部調べてくれるのは、彼の良いところだと思う。
確かに私も関西に来てから白身派になったが、やはりマグロ、特にトロは外せない。最後に私はトロを、優樹はイカだの貝だの地味なものを頼んで、外の行列も長くなってきたので、そろそろ出ようかということになった。
その後のドライブは、楽しかったのだと思う。相変わらず、音楽は果物や野菜の名前のJ-POPバンドのリピートで、私のプレイリストが活きることはなかったが、先週までの優樹の帰省について、つまりは私の地元の話に懐かしくなり会話が弾んだり、何よりお互いの話す分量が合っている、言い方が難しいが、どちらかが話し手、聞き手に偏ることなく進んでいくのは心地よく、帰りの高速では、合わないなと思っていた感情も消えそうになっていた。だからだ。優樹の、「僕も飲みたくなってきたので、このあとウチ来ませんか?」という誘いに頷いたのは。
東山七条の優樹の部屋は、まだ引っ越して日が浅いからだろうか。がらんとしていた。シングルのパイプベッドとデスク、小さなローテーブルとソファがあるだけで、観葉植物や花なんてあるわけないし、本棚だってない。オーディオなんかもってのほかだ。デスクの片隅に、TOEICの教本と、おそらく学生時代の専門だろうか。工学系の専門書が数冊並べられているだけだ。自分のごちゃごちゃした部屋や、整然とはしているが、物は多かった俊介の部屋と、どうしても比べてしまう。
「ごめんね。狭くて」
優樹が、途中のフレスコで買った缶ビールと角のボトルと炭酸水、チーズやスナック菓子を袋から取り出しながら言う。
「全然。凄く片付いてるね。ものが、少ない?」
「そんなことないよ。普通じゃない?あ、ソファー座ってよいよ」
いつの間にかタメ口になっていることに驚きながら、ニトリで買っただろう2シートのソファに腰かける。
ああ、彼の目的は、単に年上のお姉さんと経験したかっただけなんだと、ここで初めて合点がいった。元からの友人でも何でもない女性を家に招く目的はただ1つで、「付き合う」という簡単な口約束だってしていないのだから、身体を試してみたいだけなのだ。それならそれでも良いではないか。わかりやすいし、こんな若い子にどんな形でさえ求められたということは、悪いことではない。お酒が進むにつれて、流れに身を任そうと言う思いが強くなる。テレビには、撮りためてたという人気芸人のバラエティ番組が流れている。私はその番組にも芸人にもそんなに興味はない。合わせるために一緒になって笑う。おそらく、今日関係を持ってしまえばそれでおしまいなのだ。
気付けば、2本あったロング缶のビールはとっくに空いており、角瓶も半分になっていた。頭が少しズキズキする。優樹が近寄ってくる。唇が重なる。生温いものが腔内に侵入してくる。私にはもうこれ以上抗う術はない。年下の男の子とのプラトニックな関係は、ここで終わりを告げた。
余韻が残る中、自分の部屋に戻るべく、服を取ろうと起き上がろうとした時、優樹が私の身体を再び引き寄せた。
「大好き」
耳を疑った。口約束なく情事をもったあとは、それきりでおしまいか、だらだらと身体の関係を続ける実のない関係に落ちていくしかないのが世の常ではないか。
「付き合ってください」
続く言葉に、私は返す言葉もなくうなずいていた。
淡路島 回転すし 悦三郎
兵庫・淡路島
すし店
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