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いちゃりば(大阪・大正)

この会社に入ることを決めた理由の一つに、球場を持っていることが関係なかったと言えば嘘になる。嬉しい予想が当たり、7月の暑い中ではあるが、日曜日のデーゲームのチケットを無料で手に入れることができた。

スポーツには疎いと言っていた愛佳さんが誘いに乗ってくれたのはラッキーだった。ギリギリまで悩んでダメもとだと思ってLINEをしたのが、この前の三連休の最終日。「空いてるよ~」という返信に小躍りした。

「私、野球って全然わからないけど、外で飲むビールは美味しいなあ」
普段より幼い表情にどきっとする。
「ねえ、今の何?点ってどう入るの?」
どうやら本当にルールがわかっていないらしい。一から丁寧に説明するも、ビールの方が好きらしくうわの空だ。

「大丈夫だった?無理に付き合わせてしまったみたいでごめんね」
「いや。私から行くって言ったし!まあ、こんな機会なかったら一生来ることなかったし、良かったわ」
「なら良いけど。今度は愛佳さんの興味あるところに遊びに行こうね」
「うん、ありがとう。私が今日来たのはね。大正で飲んでみたくて。大阪に住んでる友達が、大正は沖縄料理が有名だよー、とか、最近水辺のイケてるスポットもあるんだよーとか教えてくれたから、気になってたんよ」
基本的には自分と同じ標準語なのだが、たまに関西弁らしきイントネーションや言い回しが混じる。同郷だということで浮かれていたが、愛佳さんは前回会った時もその話をあまりしたがらなかった。自分と違って、この人はもう10年以上こっちに住んでいる。遠い故郷のことはどうでも良いのかもしれない。

10分足らずだろうか。歩き続けると、そう大きくはない飲み屋街に差し掛かった。
「確かここらへん。あったわ。ここ有名らしいよ~。お土産物屋さんもあるんだね。先に買い物してよい?私、沖縄そば好きなんよなあ」
そう言って、沖縄の食材を取り扱う店に入っていく。楽しそうな彼女を見ると、いきなり2回目の野球デートも悪くなかったのかもしれないと思う。

「すみません!予約してないんですけど2人行けます?」
前回は、自分が店を予約してリードしたつもりでいたが、やはり5歳も上のお姉さんだけあって、少なくとも自分よりは色々と慣れている感じがして歯がゆい。
「良かった。入れるって!」

「とりあえずオリオンかな~。もずくの天ぷらって美味しそうじゃない?」
炎天下でのビールが回ったのか。そう言えば、試合に夢中になる自分の横で、彼女は5杯もお代わりしていた。今日は饒舌な気がする。
「優樹君、好き嫌いある?ていうか、沖縄料理大丈夫だった?」
「あ、大丈夫です。ありがとうございます。特にないんで好きなもの食べましょう」
「良かった!じゃあ、このもずくの天ぷらと、タコス風サラダってのも美味しそうじゃない?」

ほどなくして、料理が運ばれてくる。
「ほら、一人暮らしの男の子の野菜不足!ちゃんと野菜食べなきゃだめだよ!一人暮らし、初めてでしょ?」
「はい、そう言えば、野菜、思ったより高くてあんまり買ってなかったです。今日はちゃんと食べます」
時々、お姉ちゃんというよりお母さんみたいだな、と思う。愛佳さんは、服装も落ち着いているので、特段若くは見えない。年相応の30歳だ。一方、自分は社会経験の浅さから、下手すると大学生にも見えるだろう。周りからどういう関係に見られているのだろうと少し不安になる。

「私、お母さんみたいだね~。そう言えば、私たちってお互い標準語だし、何となく顔も似てない?姉弟に見えるかもね」
自分の心の内を見透かしたように愛佳さんは言う。
特に理由があるわけではない。同郷だと言う偶然に惹かれたのもあるが、彼女を一目見た時、他の女の子とは違う何かを思った。星奈とも、その前の彼女とも違う何か。きっと、この人しかいないのだ、と、根拠なんて何もないけれどそう思ったのだ。
けれど、彼女はどういう思いでここにいるんだろう。弟、やはり若すぎる自分はそういう扱いなのだろうか。
「愛佳さんは、弟いるんですか?」
「いないよ。うちは兄だけ。そうだ。兄、優樹くんと大学同じだわ」
「え。じゃあお兄さんはずっと地元にいたんですね。おいくつなんですか?」
「年子だから31。でも、2浪もしちゃってるから、私のが大学生になったのは早いんだよね」
「そうなんですね。今も茨城に?」
「うん。後期研修医ってやつ?あ、兄は一応医学部で。30超えてるとは言えまだペーペーだよ。頭だけは良いんだけどね」
「凄いですね。医学部なら6年か。共通の知り合いもいるかもしれないですね」
「嫌だ怖いわー。京都まで来て。あんま探らんといてね?」
やはり、愛佳さんとの間には何かあるのかもしれない。31歳、2浪、学年で言えば4つ上か。そのあたりの代の知り合いの顔を思い浮かべる。

「次何食べる?」
「定番すぎるかもですが、ゴーヤーチャンプルーはどうです?あんま詳しくなくてごめんなさい」
「いいね。ゴーヤ食べれるんだね」
「食べれますよ」
「だって、あっちではあんまり見ないじゃん。あ、なんか優樹くんとしゃべってるといつもより標準語戻る。心地良いわ」
最後の言葉に胸が高鳴る。大人な彼女にとってはなんてことない言葉かもしれないということはわかっているのに。

少し背伸びして頼んだゴーヤは思ったよりも苦かった。
「この苦いのが良いんよねえ」といって、美味しそうにビールで喉を鳴らす彼女にはまだ追いつける気がしない。

「明日も仕事だし帰ろうか」
関西の夏は、夜7時を過ぎても明るい。早すぎる解散だなと思いつつも、環状線に乗る。
「あ、優樹くんは京阪よね?私は阪急だから、同じ京都まで帰るけどここバイバイになるんかな?じゃあまたね」
と、大阪駅であまりにもさらっと下車する彼女の姿をしばらく眺めていた。


いちゃりば
大阪・大正
沖縄料理
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