COFFE HOUSE maki(京都・出町柳)
いい加減自分の中身のなさに嫌気が差してくる。俊介と別れてもう2か月近く経とうとしているのに、休日の過ごし方がわからない。結局昨日の夜も金曜だと言うのにどこへも出かけず、iPhoneで漫画を読むだけで終わってしまった。コロナの感染者数もまた増えてきているし、むやみに外出しないのは良いことかもしれない。ただ、こういう時に隣に誰もいないことが虚しい。しかも、特にこれと言った趣味も、勉強していることもない。もうすぐ30歳になるのに何をしているんだろうと思う。
まだぼやっとしたコンタクトをつけていない目で見るInstagramのストーリーに流れてくるのは、かつての同級生の子育て奮闘中日記、外資やベンチャーでバリキャリとして働く子たちの星付きレストランレポ、新婚の友人の初々しい手料理。どれも私は持っていないのだ。ただ、流れてくるそれらを眺めるだけだ。一人、1DK・30平米の家賃7万5千円のマンションの狭いシングルベッドの上で。
私も、彼女たちと同じように輝ける生活があったかもしれないのに。今そんなことを思っても無駄なのはわかっている。勧められたマッチングアプリも、結局登録しただけで一度も開かずに、アンインストールしてしまった。
このままではいけないと思い、シャワーを浴びる。時計を見ると、9時半を指している。そうだ、まだモーニングに間に合うかもしれない。少し遠出しても行けるはずだ。この7月最後の休日を少しでも良いものにするために、私は赤い自転車にまたがり外へ出ることにした。
御池通を河原町方面に走る。この前までの祇園祭が嘘のように、街は日常に戻っている。この広い道を泣きながら歩いた夜は、この12年の間に何回あっただろうか。家族と仲が悪いわけではない。慣れない街での時には苦しい生活なんか忘れて、帰ってしまえば楽だったのかもしれない。けれど、地方公務員としてここにずっと残る道を決めたのは私だ。
ふと思い立って、丸太町から川沿いに降りる。親子連れが楽しそうにはしゃいでいる。3歳くらいの女の子を連れた夫婦は、もしかしたら私より若いかもしれない。年齢なんて、気にしてはいけないのに。
お目当ての喫茶店に着くと、数組が外で待っていた。少し暑いが、このくらいならば待てそうだ。数百円でとびっきり気持ちが上がるもの。私はそれはモーニングだと思っている。朝が苦手だった学生時代、授業のない日に、モーニングが食べられるくらい早起きできると、それだけで達成感があった。バターの染みたトースト。普段は進んで食べることのないサラダ。まだ慣れていなかったブラックコーヒー。懐かしい思い出が胸がすく。特に、ここ、makiは、最近は足が遠のいていたが、大学からも近くお気に入りの場所の一つだった。
定番のモーニングセットを頼む。変わらぬヴィジュアルに胸が高鳴り、10代の頃に戻ったような気持ちになる。
くりぬかれたパンの中に並べられたサラダや卵、ハム。なんてことないものしか入っていないはずなのだが、魅せ方なのだろうか。ポテトサラダがあるのが嬉しい。添えられたパンの中身はトーストされ、バターの旨味が口の中に広がる。あとで後悔しないように、美味しい中身の部分を残して、パサつく耳の部分、くりぬかれた外側の部分をコーヒーで流し込む。ブラックコーヒーが美味しいと感じられるようになったのは、20歳を過ぎた頃からだろうか。
周囲は、大学生くらいのカップルや観光客で溢れていて、土曜の朝だからだろうか。私のような一人客は少ない。しかし、今となっては一人でいることに何も感じなくなっている。この2か月の賜物だろうか。いや、俊介と付き合っていた時だって、遠距離の時期も長かったし、彼は大阪だったので、出張などが重なると、数週間会えない時もあった。そう言えば、先週末は、ついこの前知り合った優樹と野球を見に行ったことを思い出す。野球なんてこれっぽっちもわからないけれど、退屈な終末が嫌で、二つ返事でOKしてしまった。ビールで退屈を必死でごまかそうとしていたのはばれてしまっただろうか。若いとはいえ、地元も近く、地元の国立大学を大学院まで卒業し、大手メーカーの技術職として働く彼は、私の両親からしたら理想の相手だろうことは間違いない。見た目だって悪くないから、友人たちにも受けが良いだろう。彼のことは、まだそんな外面ばかりしか見れていない。
お会計を済ませ、外に出る。正午に近付くにつれ、日差しもきつくなっている。久しぶりにそこそこの距離を自転車で走ったからか、腕が赤くなっている。もうこのまま帰ろうか。新風館に、高そうだがおしゃれな観葉植物が売っている店があったことを思い出す。いくらするかはわからないけれど、取り敢えず覗いてみよう。俊介との結婚に向けた自分磨き用にとっておくはずだった夏のボーナスの使い道を考えながらこぐ自転車に降り注ぐ風は、生温いが心地よかった。
COFFEE HOUSE maki
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