集合知ってなあに? 【チョイ誕!文明女子!!】
集合知とは、多くの人々の知性を集結させた知恵である。
例えば、
エスカレーターを使うときに左側は極力空けておく。
これは多くの人々の経験からくる知性を集結させた知恵だ。
例えば、
電車内でリュックを前持ちに変えて衝突を防ぐ。
これも多くの人々の経験からくる知性を集結させた知恵だ。
このように、世の中は集合知だらけである。
世の中は多くの人々の知恵の上に成り立っている。
「集合知」こそが、世の中を豊かにしているのだ。
「文明」が世の中を豊かにしていると言い換えてもいいだろう。
では、集合知あらため文明が機能する条件はなんなのだろうか?
それは世の中に文字があることだ。
文字を用いて世界を解明する。
文 明
それが文明なのだ。
文字は思考を可視化した
文字は人類最大の発明品だと言われる。
文字は人類の頭の中を見える化したからだ。
このように、
自分の思いや考えを、文字にすることで見える化できるようになったのだ。
他人様による別の見解だって文字によって見える化される。
面と向かって会話せずとも、文章によって意見交換が可能になったのだ。
一つの意見と、別の意見が掛け算されて、新しい意見へと昇華されていく。
これを多くの人々が繰り返すことで、
「エスカレーターでは左側をあけるべし」という集合知に辿り着くのだ。
文字は人々の思考を可視化させ、意見交換を遠く離れた人々同士で可能にした。
それはときに、時すらも軽く超える。
文字による思考の集団競技化
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といった具合に、文字によって思考は集団競技化された。
従来は、
一人一人が独自の言語を用い、意思疎通がとれていなかった。
しかし、
文字によって言葉使いが統一され、尚且つ思考が可視化され、
集団で一つの議題について思考を深めることが可能になったのだ。
1人では思考が独りよがりな結論に達してばかりだったが、
集団競技になった思考は、集団・集合にとって合理的なものにブラッシュアップされたのだ。
つまり、
文字によって思考は可視化され、
文字によって思考は集団競技化され、
思考は集合にとって合理的なものに昇華したのだ。
この集合にとって合理的な思考を、「集合知」という。
AIによる、集合知滅亡の危機
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