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屋敷伸之//優しすぎるオバケヤシキ


屋敷伸之は日本将棋連盟の棋士。
1972年1月18日生まれの52歳。
竜王戦2組で順位戦はB級1組。
変幻自在な棋風であり「やぐら二枚銀」などのマイナー戦型も指しこなす。

18歳で棋聖位を獲得したことが語られがちだが、奨励会をわずか2年10ヶ月で突破した記録は未だに破られていない。
この2年10ヶ月での奨励会突破は「凄まじい」。

6級入会で四段まで昇段するのに2年10ヶ月しか要していない。
2年10ヶ月といえば34ヶ月だ。
「5級、4級、3級、2級、1級、初段、二段、三段、四段」と9回上がるのに「34ヶ月」だから、
単純計算で「1回上がるのに4ヶ月弱」しかかかっていない。
町道場でも4ヶ月ペースで昇級昇段していくのはまず無理、特に上になればなるほど不可能に近づいていく。
その不可能をプロ養成機関でやってのけた屋敷は「凄まじい」。

本日はそんな凄まじい屋敷伸之九段について語っていこう。

太陽から忍者へ/昭和の大政奉還

屋敷が初タイトルを獲得したのは1990年・平成2年のこと。
前年に2勝3敗で惜しくも棋聖位に届かなかった屋敷は2年連続で挑戦者となった。
この時タイトルホルダーだったのが昭和の大名人・中原誠だ。
雪辱を期して臨んだ屋敷は3勝2敗で見事に棋聖のタイトルを奪取。
18歳でのタイトルホルダーとなり注目を浴びた。
この屋敷の躍進は3つの点でエポックメイキングな事象だ。
まず、昭和の将棋界を長きにわたって牽引してきた中原誠に翳りがさしたということ。
次に、いわゆる羽生世代の台頭の端緒となったこと。
そして、昭和の将棋から平成への将棋へと潮目をガラリと変えたこと。

いみじくも昭和が終わり平成が始まった矢先の1990年。
中原から屋敷へとタイトルが禅譲された。
中原は屋敷にタイトルを奪われた後、程なくしてタイトルを全て失ってしまう。
逆に屋敷や羽生といったいわゆる羽生世代が急台頭して、1996年には全タイトルが羽生世代によって統一されることになる。
さらに中原の将棋が筋のよい正統派の将棋であったのに対し、屋敷の将棋は「お化け屋敷」と称されるように「なんでもアリ」の将棋だった。
これは昭和の「様式美にこだわる将棋」から、現代AI将棋に見られる「形に囚われない自由な将棋」への変遷一里塚だったといえよう。




早熟の苦労人


1990年、
18歳で棋聖のタイトルを獲得した屋敷は誰の目にも前途洋々に思えた。
A級に上がることすら約束された未来のように観えた。
だが屋敷の前途にあったのは洋々でなく遼遠だ。
1年後にタイトルを失い、順位戦でもC級1組で10年以上足踏みし続ける。
00年代に入ると徐々に昇級していくものの、A級に上がったのは40歳の時。
類まれな遅さでのA級棋士誕生である。
18歳でタイトルを獲得してから20年以上かかってようやくA級にたどり着いたのだ。
奨励会をわずか2年で突破した屋敷がA級にたどり着くまで、まさか20年強を要するとは何事もわからないものである。
このように屋敷は早熟の苦労人なのだ。




積読を観れば棋士の素顔が見える

「積読」とはあまり良くない現象として捉えられがちだ。
だが将棋書籍の場合に関しては「僥倖」たりえる。
というのも、棋書から棋士の素顔を時系列で垣間見ることが出来るからだ。

屋敷伸之 積読シリーズ

屋敷九段は多作ではないが15冊ほど上梓している。
15冊といえば他ジャンルでは多作だといえるだろうが、将棋界隈には鈴木大介師匠のようなモンスターがゴロゴロいるので多作とはいえない。

屋敷さんは15冊出版しているはずだが、
ご覧のように筆者の目の前には2冊しかない。
あまり大きな声ではいえないが、ブックオフで売っちゃった。
将棋書籍だけで1000冊をゆうに超えたので断腸の思いで処分してしまったのだ。
居飛車書籍を中心に売ってしまったので、居飛車書籍の多い屋敷九段は積読というほどには残っていないのだ。

だが著書をめくれば人柄は見えてくる。
とにかく屋敷九段の解説は丁寧だ。
「優勢なのはわかる。だがそこからどう指せばいいのかわからん」というアマチュアのニーズに懸命に応えてくれている。
「そんなん終わっとるわ」と先崎学なら一刀両断にする局面から手取り足取り教えてくれる。
羽生の頭脳では「この一手で他には無い」と冷たく全割愛していた部分を屋敷伸之はアマチュア向けに掘り下げている。
一言で纏めると屋敷伸之は「優しい」。

きっと、だから、
タイトルを若くして取ることができ、そして苦労したのでは無いだろうか。




令和でも忍者

屋敷伸之九段は日本将棋連盟の棋士。
1972年1月18日生まれの52歳。
竜王戦2組で順位戦はB級1組。
変幻自在な棋風であり「やぐら二枚銀」などのマイナー戦型も指しこなす。
若手時代の二つ名は「お化け屋敷」「忍者屋敷」。

・・・・・・

令和の御代となって、お化け屋敷や忍者という和の原風景がどんどん希薄になっている。
だが屋敷伸之九段は令和でも「お化け屋敷」であり「忍者」だ。
何が飛び出すかわからない将棋。
全盛期の羽生善治に15連敗した屋敷が、
「超原始中飛車」を採用して連敗を止めたのは衝撃的だった。
そんなお化け屋敷から手裏剣が飛んでくるような将棋は未だに健在だ。
それでいて竜王戦2組・順位戦B級1組と一線級で十分に戦えている。

この令和の時代。
和の足跡を訪ねてお化けヤシキや忍者を見たくなったら、屋敷伸之九段の将棋を見るのも面白いのではないだろうか。

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