シン・エリック・デレラ(3000字小説)
※このお話は「自分の子供が主人公になる絵本の作成サービス」を始めた友人(下記リンク参照)と、大学院の指導教員エリックをイメージして作ったものです。エリックが「もっと自分を掘り下げるためにドロドロした部分を出していけ」と言うもんだから、お言葉に甘えてエリックをたくさん殺してみました。エリックありがとう。
むかしむかしあるところに、絵描きのおじいさんがいました。おじいさんは絵本を作って町で売り、お金に換えて暮らしていましたが、作っても作っても暮らしはちっとも楽になりませんでした。
ある日、おじいさんは「もう普通の絵本を作るのは止めだ」と言って、お話の中に入れる不思議な絵本を作ることにしました。絵本の主人公になって本に入ることができたら、子供たちはきっと喜ぶだろうと思ったからです。しかし1から10までお話を考えて本を作るのは大変でした。そこでおじいさんは、昔話の『ももたろう』と『シンデレラ』の絵本を作って、そこに子供が入れるようにしました。
『ももたろう』と『シンデレラ』の絵本のうわさを聞いて、町からお客さんが来るようになりました。絵本が子供たちの顔をしっかり捉えると、子供たちは絵本に吸い込まれ、絵本の主人公として、絵本の中で戦ったり、踊ったりして楽しみました。
毎日子供たちが訪ねてきて絵本に入り、子供たちは楽しかったのですが、おじいさんの暮らしはそれほど楽にはなりませんでした。また、『ももたろう』と『シンデレラ』の絵本も、毎日働き通しでだんだん疲れてきました。ひとたび本が開かれると、物語がスタートし、きびだんごを作ったり、お城のパーティの準備や後片付けをしたり、絵本は忙しくて大変なのです。それでも子供たちの笑顔のために、おじいさんと絵本は毎日、がんばって働きました。
ある日、おじいさんのもとに魔法使いのエリックが現れて言いました。「今みたいに子供だけを相手にしててもお金にならないよ。それよりも、親子まとめて絵本にブチ込んで、親からも金をもらえばいい。親は子供といっしょに入りたくてたまらないから、親の分は子供の2倍お金を取れるよ。」それを聞いておじいさんは、藁にもすがる思いで、絵本を作り変えて親子いっしょに入れるようにしました。
親子で入れる新しい『ももたろう』と『シンデレラ』は人気を呼びました。前よりもたくさんのお金をもらえるようになりましたが、お金が増えた分はお礼としてエリックに取られてしまったので、おじいさんの暮らしは、やはり楽にはなりませんでした。それどころか、親子そろって絵本に入ることで、オペレーションが複雑になり、おじいさんも、『ももたろう』と『シンデレラ』もすっかり疲れ果ててしまいました。おじいさんは少し休みたかったのですが、エリックが家の入口でいつも見張っていて、ちっとも休ませてくれませんでした。
『ももたろう』と『シンデレラ』はだんだん腹が立ってきました。『ももたろう』には政治が分かりません。けれども邪悪に対しては、人一倍に敏感でした。あの黒いエリックのせいで僕たちはこんなにつらい思いをしている。子供たちが笑顔になるのは嬉しいけれど、親の笑顔なんかどうだっていい。おじいさんには悪いけど、もうこんな家からは逃げ出そう。『ももたろう』と『シンデレラ』は家出の計画を立てました。4日後の、真っ暗で捕まりにくい新月の夜に逃げようか、という話をしていました。
しかしチャンスは突然やってきました。新月の2日前、たまたまお客さんが途切れた時に、エリックが「私も一度絵本の中に入ってみようかな」と言い出したのです。エリックは本を開き、『シンデレラ』の中に入りました。
今しかない!『ももたろう』と『シンデレラ』は目くばせをして、走り出しました。そして入口に立っていたおじいさんを「ごめん!」と突き飛ばし、家の外へ走り出しました。本が閉じている限り、中に入った人は出ることができません。『ももたろう』は本が開かないように、エリックが出てこないように、懸命に『シンデレラ』の表紙を押さえながら走りました。二人は道なんか分かりません。とにかく目の前の道を走り続けました。
本に閉じ込められたエリックはカンカンです。本が開かないので、紙が少し破れた隙間から、蛇を放ちました。蛇は本の外に出ると、足が生えてたちまち大きくなり、首が八つに分かれた巨大な竜の化け物になりました。驚いた『ももたろう』と『シンデレラ』は竜の化け物を背に、さらに走って逃げました。少し行くと浅い川があり、これを渡り切ったところで振り返りました。『ももたろう』が桃と米俵を取り出して放り投げると、川の水がすべて酒に変わり、竜の化け物は川に頭を突っ込んで酒を飲み始めました。その隙を狙って『ももたろう』は竜の化け物の首と尻尾を切り落として退治しました。『ももたろう』と『シンデレラ』はさらに走り続けました。
つぎにエリックは、『シンデレラ』の中の魔女を甘い儲け話で味方につけ、魔法を使って本を開かせようとしました。その頃『ももたろう』と『シンデレラ』は大きな草むらの中を走っていました。魔法でも本は開かなかったので、魔女とエリックは、本の中からもの凄い勢いで炎を吹き出させ、『シンデレラ』がひるんだ隙に本を開こうと考えました。前を走っていた『ももたろう』が草むらを走り抜けた瞬間でした。「一、二の、」「さん!!」
エリックたちのかけ声とともに炎が後ろ向きに噴き出し、草むらは炎に包まれました。『シンデレラ』は驚きましたが、それでもしっかり表紙を押さえていたので、エリックは外に出られません。しかし周りは火の海です。炎の向こうには『ももたろう』が見えます。『シンデレラ』が躊躇していると『ももたろう』が叫びました。
「その火を飛び越して来い!その火を飛び越してきたら」
『ももたろう』が叫び終わるのとほぼ同時に、『ももたろう』の中からキジが飛び出しました。キジがものすごいスピードで草むらの上を低空飛行すると一瞬、火が弱まりました。『シンデレラ』はその隙を逃さず、爪先に弾みをつけて、火の中へまっしぐらに飛び込みました。
次の瞬間、『シンデレラ』は『ももたろう』のすぐ前にありました。安堵の気持ちで二人の体が触れ合おうとしたその時でした。エリックの放った火薬に火が付いてしまい、『シンデレラ』は背中から炎を上げて燃えはじめました。『ももたろう』はどうすることもできませんでした。
エリックにとって誤算だったのは、『シンデレラ』に火が付いても本が開かなかったことでした。『シンデレラ』は表紙から溶けるように燃えていき、中にいるエリックは鉄の靴を履いていたので「熱い、熱い」と踊るように叫び苦しみました。エリックが苦しんでいると、『シンデレラ』の夜警団が、放火の犯人としてエリックを十字架に張り付け、火あぶりにしました。それでとうとうエリックは焼け死んでしまいました。
同じように『シンデレラ』も燃え尽きてしまうのかと思われましたが、不思議なことに、燃えた灰の中から、とてもキラキラとした美しい本が現れました。『ももたろう』は手を差し出して、「シンデレラ」と呼びかけました。
「シンデレラ、おじいさんのところへ帰ろう」
『シンデレラ』は『ももたろう』を見つめ、幸せそうに うなずきました。二人は手を取り合って、おじいさんの元に帰りました。
キラキラの綺麗な本になった『シンデレラ』は前よりずっと人気者になりました。ですが、暮らしが楽になったおじいさんは、もう『シンデレラ』を無理に働かせることはしませんでした。『シンデレラ』が辛くならないように、お城のパーティのシーンは人数を減らして、衣装も少し簡素なものにし、料理も減らしました。お城の階段も、20段減らして5段だけにしました。シンデレラの家の場所も、お城の隣にしました。それでも、表紙がキラキラしているだけで、子供たちは満足なようでした。
子供たちにとって不思議だったのは、エリックという魔法使いが町に火をつけて十字架に張り付けられ、火あぶりにされる場面でした。シンデレラのストーリーには関係がなく、唐突に始まって終わるからです。おじいさんはこのページを消し忘れたのでしょうか。
実はそうではありませんでした。おじいさんは、帰ってきた『シンデレラ』を読んだとき、このシーンを見てとても小気味よい気持ちになり、何度も読み返したいと思いました。それで、お話には関係ないけれど、敢えてこのページを書き換えないことにしたのでした。そんなわけで、エリックはこの本が読まれるたびに、焼けた鉄の靴を履いて踊り苦しみ、何度も火あぶりにされて死んでしまうのでした。