面白いものをつくる胆力。(無料記事)
あっというまの90分だった。思いがけず消耗している自分がいた。
テレビの仕事を長くしているぼくは、それなりに修羅場も経験している。しかし今回の現場はそのどれとも違う。敏腕コーチに声をかけられ、必死でついていったら、気がついたらフルフルマラソン走っちゃってたじゃん、そんな感じだった。
眺めのよいラジオブースで、ふたりきりで向き合ったのは放送作家の鈴木おさむさん。ひょんなことから、おさむさんがパーソナリティを務めるラジオ番組に月一レギュラーに出演させていただくことになった。bayfmで月曜から金曜に放送中の3時間の帯番組「シンラジオ -ヒューマニスタは、かく語りき-」、その初めての出演回を終えた後の感想が冒頭の一文だ。
https://www.bayfm.co.jp/program/radio/
初回出演は7月12日。よく晴れた火曜の午後。カーシェアで借りた車でスタジオへと向かった。bayfmのスタジオは、千葉の幕張にあるワールドビジネスガーデンマリブウエストという舌をかみそうな高層ビルの27階にある。担当の西宮プロデューサーから事前に「放送開始の1時間前、15時にスタジオにきてください」といわれていた。
少し早めにつき、一階のスタバでアイスのソイラテを買っていると、西宮さんから着信が。時計をみると16時を少し回っている。あわててエレベーターで27階に向かうと。西宮さんが、にこやかに出迎えてくれた。「おさむさんも先ほどお見えになりました」とスタジオ前室へと案内される。
「河瀬さん、独立おめでとうございます」
おさむさんは、にこやかに声をかけてくれた。これまで仕事で何度かすれ違ってはいたが、去年、日本テレビの土屋敏男さんが食事の席に呼んでくれ、その時のご縁でおさむさんご本人から今回のラジオ出演のお誘いをいただいた。
ぼくも向かいのソファに身を沈めた。おさむさんは終始リラックスした口調で、ガーシーすごいねとか、円安やばいねとか、冗談を挟みながらスタッフを笑わせる。その話に相槌を打ちながら、気掛かりなことがあった。
「打ち合わせ、しないんだろうか」
おさむさんのシン・ラジオをお聴きになった方はご存知だろうが、かなり練られたトークが3時間に渡ってつづく、内容の濃い生放送だ。事前に打ち合わせがあり、それをもとに本番でさらに深いトークを組み立ている、と思っていた。
しかしスタッフも含め、打ち合わせをする気配が全くない。
おさむさんの前室でのトークはどんどん回転数をあげ、もうこれが番組なんじゃないかと思うくらいに面白い。どかんどかんとスタッフが笑っているのを眺めながら、いらん心配が湧き上がってくる。生放送中に足をひっぱりまくって、前室のほうが面白かったね、って思われるんじゃないかと。
「河瀬さん、ちょっとよいですか」
放送5分前。西宮プロデューサーが声をかけてきた。ついにきたっ。打ち合わせだ。簡単な進行だけを説明するつもりだな。それなら5分もあればできるからな。
すると別の大部屋に通される。
「まだ放送まで少し時間があるので、部屋への出入りが自由になるように、顔認証登録しましょう」
え、どういうこと、登録顔認証?進行の打ち合わせじゃないのか?それ本番5分前にやるのか、と思いつつ、スタッフルームのど真ん中で、西宮プロデューサーの指示に従い、顔認証登録をする。
そんなこんなで、ブースに入ったのはオンエア30秒前だった。
窓からは、神様が降臨しそうなほど、美しい海が見える。
ぼくは心算はなにひとつないまま、おさむさんの向かいにすわる。
とにかくしゃべりだしは、大きな声をだそう。
それだけを自分に言い聞かせた。
番組の冒頭は、決まりのジングル。
それが終わるとおさむさんが、すっとカフをあげてしゃべりだす。
「今日のパートナーは、元NHKプロデューサーの河瀬大作さんです」
おさむさんは畳み掛けるように、質問をなげてくる。
「河瀬さんは今、何歳?」
「NHKでどんな番組をやってきましたか、おもいつくだけいってください」
「どうしてNHKにはいったんですか」
事前に打ち合わせをしない理由がすぐにわかった。あえて自分の中になにもいれず、本番中に聞くことで、視聴者と理解のスピードをあわせているのだ。そして、その答え次第で、次にどこに話を向けるかを考える。
この日のテーマは「NHKをやめたばかりの河瀬さんに聞きたいこと」
NHKは民放と比べて給料は高いのか、いままであった人で一番すごいと思った人はだれか、NHKのドラマは豪華だがやはり予算が高いのか、これまで取材でいった場所で一番すごかったのはどこか…などなど。
コマーシャルの間も、おさむさんは質問をなげてくる。そのなかから「のびそうな話」をみつけると、コマーシャル明けはその話をふってくる。
つまりおさむさんは、番組を進行しながら、構成を組み立ているのだ。そして折に触れて、サブのディレクターに、細かない指示をだす。次のコーナーは曲を飛ばします、とか、すこし長めに話すと思いますとか。さらにiPhoneでツイッターをチェックし、視聴者からの質問をひろっていく。
おそらく事前にシミュレーションはしているのだろう。しかし自分で立てた想定をどんどんと裏切り、リスナーの反応や、相手の答え次第で、番組を紡ぎ出していく。その緊張感をおさむさんは誰よりも楽しんでいる。
だから面白いものをつくることができるのだ。
これはジャズのインプロビゼーション、つまり即興演奏だ。楽譜もないなかで、相手の出した音に呼応し、かけあいながら、相手をリードして、曲としてしあげていく。それには相当の胆力がいる。ぼくは流れに身を任せながら、ぼんやりとそんなことを考えていた。
3時間の生放送が終わった時、長いマラソンを走り切ったような、高揚感があった。ラジオを聴いた人たちがどうだったのかはわからない。でもおさむさんがぼくからいろんな「面白い」を引き出してくれた。そのことが心地よかった。
「構成なしで3時間ってすごいですね」
おさむさんに声をかけたら、「いつもさぐりさぐりやってます」と笑いながら答えていた。
おさむさん、そしてスタッフのみなさんにお礼をいい、帰途についた。
家につくと、猛烈な空腹感に襲われた。かなり消耗したんだろう。妻がつくってくれた冷しゃぶサラダを、ご飯を何杯もおかわりしてたべた。それでもおさまらず、さらに冷蔵庫からキムチをだしてきて、さらにご飯をたべた。食べ終わると今度は猛烈な眠気が襲ってきた。
そんなぼくをハラペコにまで追い込んだ放送回はこちらのradikoから。19日までは聞けると思います。
次のシン・ラジオの出演は、8月9日(火)16時から。
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プロデューサー 仕事の流儀
「突撃 カネオくん」「あさイチ」「おやすみ日本」「アナザーストーリーズ」など数々の番組を手がけてきたプロデューサーの仕事術。考え方を変えれ…
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