社会的処方としてのMuseotherapyは有効か?
こんにちは川畑秀明です。
今関心を持って調べていることに「社会的処方」の現状があります。Google Scholarで日本語で "社会的処方"と検索してみると,2021年6月25日時点で58件がヒットしますが,その英語である"social prescribing"("social prescription"だとばかり思っていました)と検索してみると2970件がヒットします。日本ではまだそれほど使われていない言葉です。ただ、日本でもごく最近、社会的処方の実現に向けた政治的動きは見受けられるようです。いかのリンクを参照下さい。「人生100年時代」といわれる長寿社会の中で重要なのは、どのように健康寿命を延ばすか、そして膨大な医療費をどう減らすかということです。その実現には様々な壁が考えられますが、地域や文化的活動を社会的処方として上手く組み込んでいくためのシステム化が大事になるでしょう。
社会的処方とは
社会的処方の定義について考えてみます。
その概念が比較的早くから定着しつつあるイギリスにおける社会的処方について解説した 澤・堀田 (2018) によると,社会的・情緒的・実用的なニーズを持つ人々に対して,自らの健康とウェルビーイングの改善・解決につながるようにリンクワーカー(コミュニティ内の非医療的サポート資源と患者をつなぐ人々)とともに個々に応じた解決策をデザインすること,のようです。また,社会的処方の基本理念は,人間中心性 (person centredness) ・エ ン パ ワ メ ン ト(empowerment)・共創(co-production) の3点があるようです。
既存の医療の枠組みでは解決が難しい問題(高齢者や慢性疾患の方々のニーズ)に対して,医学的処方(薬を出す,リハビリをする)のではなく「社会的な繋がり」(文化的な繋がりであることもあります)を処方して,地域の人々,リンクワーカー,ボランティアなどが支えながら本人の健康や幸福の維持・増進を図ろうとすることによって問題解決を図るわけです。同時に関わる人々やコミュニティの力量も高めていくことも期待されます。
アートは医療に有効か?〜アートによる社会的処方
カナダのケベック州モントリオールでは、痛みや高血圧・高コレステロール症・ストレスを抱えた患者が美術館に行ってアート作品を鑑賞することを医師が治療の一環として処方できる試みが2018年11月から始まりました。また,同じカナダのオンタリオ州でも,ロイヤル・オンタリオ博物館が,医師等の処方箋や紹介状を持つ人たちに無料での鑑賞をパイロットケースですが可能にしました。このような取り組みは,まだ現段階では試行段階であるものの,米国やイギリス,北欧の国でも同様の取り組みが始まっている地域があります。
このような社会的処方は、アートは薬の代わりにはならなくとも、心や身体の痛みのケアとなる可能性があることを示しています。また、美術館や博物館などの公共財を地域に取り込み、地域全体の人々のエンゲージメント(関与)を高め、集団としての幸福度を高めるのにも役立つことでしょう(推測です。まだそこまでの検証しうる公的なデータは報告されていません)。
また、オーストラリア国立美術館(D’Cunha et al., 2019)、ニュー・サウス・ウェールズ州立美術館(Kenning, 2016)、テート美術館(Shaer et al., 2008)など多くの美術館で高齢者や認知症、精神疾患の患者さんたちを対象としたアート作品の鑑賞プログラムの開発が進められてきています。
このような美術館での鑑賞による処方はmuseotherapy(美術館療法)として世界で注目されつつあります(Bondil, 2020)。
アート作品の鑑賞が心身の健康におよぼす有効性の量的な理解は始まったばかりです。その基礎研究の多くでさえ、量的な把握ではなく質的なものです。研究者らの実感のこもった記述も内容を整理して、仮説を生成していく上ではとても大切なことです。その次のステップに数量的把握が求められ、どのようにどの程度変わっていくのかが示される必要があるのです。
病気の人に対しても、健康な人に対しても、得られたデータについての報告はまだ十分ではありません。どういうメカニズムで、アートがストレスや痛みに効くのか、それに関するこれまでの研究事例は別の機会に解説してみましょう。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?