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ITが介護を救う?〜そこに♥はあるか〜

プロジェクト始動


この8月の終わり、家人が自宅のテレビ画面を前にリハビリを行った。
外出が厳しくなっている高齢者のため、ITを駆使した言語聴覚士(ST)による遠隔リハビリ講座に参加したのだ。
九州工業大学の井上創造先生率いるAUTOCAREによるIT介護プロジェクトの一環だった。
今回はプロジェクト開始前のプレ講座に参加した感想を書いておく。

コロナ禍で世間が騒然となって例年とはまったく違った4月、
井上先生は「高齢者だってオンライン」というプロジェクトを始動するため、クラウドファウンディングを始めた。
5月には、めでたくクラウドファウンディングは成功し、この秋、プロジェクトは本格開催される。

プロジェクトを大雑把にいえば、上述したとおり、遠隔地にいる個々の高齢者に対して、医療従事者である指導者がITを駆使して、画面の中からリハビリ内容を教授し、予め組んでおいたネットワークによって双方向の応答と時間を共有する。
詳細は下記を見ていただきたい。


プレ講座の様子

実は、家人はすでに7月、東京在住の理学療法士(PT)によるプレリハビリ講座にも参加していた。
このプレイベントには、家人の他に、北九州市内の方や鹿児島の介護施設のグループなどもご一緒した。
14:00から始まった講座は、PTが指導する画面と、参加者たちがリハビリに勤しむ姿の分割画面とがほぼ交互にテレビに映し出された。
よくテレビで各地方局の様子をスイッチングで次々に映し出す、あの様子と同じだった。

講座が始まる前は、主催するAUTOCAREから送られてきたケーブルとスマートフォンを自宅のテレビに繋いで「本当に映るのか?」と、まるで白黒テレビを初めて家に運び込んできたような(いつの時代だ)、久しぶりのゾワゾワする緊張感を味わっていただけに、ちょうど昼寝の時間だったせいもあってか、鹿児島の介護施設から参加していた中には思わずうとうとしている人の頭のてっぺんが見えたりする漫画のようなほのぼのした様子に、家人の横で見学していた私は思わず声を出さないようニヤニヤしたほどだった。


次に家人が参加した8月のプレイベント講座の指導者・言語聴覚士(ST)は、福岡在住の元気な女性だった。
事前に、どんなリハビリ内容を希望するかとアンケートしてもらえたので、ここは訪問リハビリ以外でレクチャーしてもらえる絶好の機会だから、すべての希望が満たされなくてもとりあえず全部伝えようと家人に促すと、「嚥下をよくするための運動」を希望したので、現在の訪問リハビリで指導していただいている内容とともにメールで伝えておいた。

当日の参加者が家人一人だったことは、講座が始まってから知った。
思わぬ個人レッスン開始に私たちが戸惑ったのは最初だけだった。

言語聴覚士によるリハビリは多岐にわたる。
文字どおり、話す・聞くだけではなく、食べる・飲み込む嚥下の機能訓練を行う。
一口に嚥下といっても、神経性か血管性かなど機能低下の原因によって、
また年齢や他の基礎疾患の有無によって訓練方法が異なる。たぶん。

家人には、もともと高血圧症があり、近年発症した他の症状が少し進行したため、現在続けている介護保険による訪問リハビリの他にも嚥下訓練を少し強化したいと思っていたところ、Facebookで井上先生のプロジェクトを知ったという経緯がある。

この個人レッスンは、本プロジェクトが始動する前に、プレイベント第2弾として井上先生が発案したものに、家人が前のめりに参加したのだった。

この回も初回同様、最初はAUTOCAREから自宅に送られてきた機器との
ネットワークが少々不安定だったが、ほどなく安定して一旦指導が始まると、STも家人もレッスンに集中した。

STは歯科衛生士の免許ももっていたので、学生時代によく見た頭と同じくらいの大きな入れ歯のような歯形模型や掌サイズのフェルト素材で作られた大きな舌などを効果的に使って、家人にわかりやすく口内の機能について話してくださった。

家人の症状を丁寧に聞き取り、なぜ舌が動きにくいのか、どのように舌を動かせば口の筋肉を鍛えられるのか、鈍った感覚を呼び覚ますことができるのか、丁寧に解説し、ときどき確認しながら指導してくださった。

そうして、家人が最も気にしている口内の筋肉を動かすためには、首や頭部のコリや筋肉をほぐすことが、とても大切なこともわかりやすく話してくださった。

家人も素直にSTの指導するレッスンを気持ちよく受けていたようだった。
STはとても明るく、ハキハキと明快に話すだけではなくて、高齢の家人が疲れすぎないように様子を診て指導してくださっていることが傍目にもよくわかった。

家人にとっては、漫然とレッスンするのではなく、からだ全体の筋肉や神経のつながりを意識してトレーニングすることが、どんなに大切であるかを再確認した1時間だった。


【介護する家族として】
プレイベントの最中、私はといえば傍で半分楽しみ、半分真面目にレッスンの行方を見守った。
緊張した様子もなく、レッスンに惹きこまれて楽しんだ家人の表情がとても嬉しかった。

からだの機能が低下し始めた高齢者が家族にいる人たちにはわかってもらえると思うが、彼らが楽しそうに過ごしていることは日々とても貴重に思える。

何か一所懸命取り組んでいるものがあるとすれば、そのために打ち込んだり楽しんだりしている様子は心から嬉しい。

あっという間に50分が過ぎてしまい、家人自ら次の指導も受けたいと希望を話して終わった。
テレビ画面が消え、音声が途絶えると、もう一度、私は訊ねた。
「あの先生にもう一度教わりたい?」
家人は、ウンと大きく頷いた。
「何度でも受けたいよ、あの先生なら」

距離は問題ではない。内容が大切なのだ。
PTのときよりもSTのときのほうが家人が生き生きと参加できたのは、熱量の差だったのかもしれない。
大人数か個人かという人数の問題でもなく、指導者の教えようとする意欲が熱量となって画面から伝わる。
家人はしっかりSTの熱を受け取って、たぶんしっかり送り返したと思う。
充実した1時間だった。

そしてまた、介護のリハビリを行うために、かつ、このような熱量を十二分に届けるために、距離や時間を気にせずITを駆使することは、高齢者が以前にも増して外出が厳しくなったコロナ禍以降、俄然重要度が増していくと思われる。

優れた指導者によるレッスンを距離を気にせず享受できる。
素晴らしいことだ。
介護にもZoomのような便利なツールを使って、双方向に意志や動きを確認しながらレッスンできる日がきたのだ。
隔世の感がある。

遠隔操作で手術するニュースを見聞きしてもピンとこないが、このように実際にITを利用して何某かに参加すると、黒電話の昭和が石器時代のようにも思える。

ぜひ今後もITを大いに活用して介護の現場を救ってほしい。
何度も折れそうになる心を立て直し(たいと思っ)ている介護する人も介護される人も支えてほしい。

後日、家人に必要と思われるトレーニングが記載されたパンフレットを
件のSTから資料として送付いただいた。
三つ折りの紙面に、それまで見たことがないほど濃い内容が詰まっていた。
嚥下の訓練とは何かから始まり、そのために必要十分な初歩的訓練を網羅していると思われた。
それは歯科衛生士による、つまり口腔衛生から見るQOLの大切さを説いている、とてもよくできた指導資料に思えた。(あくまでも素人の感想ですが)

いま、家人はパタカラパタカラと毎日ぶつぶつ復習しながら、次のレッスンを待っている。
すべての努力は、美味しいものを美味しく食べたい3大欲求のひとつを満たすために。
そう、食いしん坊は諦めが悪い。

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