
原子物理学者の名探偵コナンが、人類や月の起源に隠された秘密を暴く物語。
J・P・ホーガンの『星を継ぐもの』は、月面で赤い宇宙服を着た5万年前の遺体が発見されるところから始まります。
ところで、Wikipediaで人類の起源について調べてゆくと、と次のような文言が見つかります。
‥‥このような環境的要因を指摘する説は以前にも発表されていたが、約4万年前に起こった事象はその種の災害とは規模が違っており、例えば、複数の火山がほぼ同時期に噴火する苛烈なものであったという。なかでもヴェスヴィオ山周辺地域で約3万9000年前に発生したプリニー式噴火であるカンパニアン・イグニンブライト噴火(英語版)は、ヨーロッパ大陸における過去20万年間で最も規模の大きい噴火であった。当時のヨーロッパ大陸には現生人類の小集団も住んでいたので、噴火の影響を同様に受けたと考えられる。
Wikipedia 「人類の進化」より一部抜粋して引用
ポイントは3万9000年前の噴火と、その影響をうけた現生人類の小集団が当時のヨーロッパに住んでいた、という部分です。
引用などなくても誰もが知っているとおり、5万年前にはまだ宇宙服を着込んで月面に出てゆくような人類は存在しなかったんですよね。
だって、われわれはアポロ11号の月面着陸が1969年であることを知っているわけだし。
種の起源も、蒸気機関の発明がいつで、アポロ11号がなぜ11号で、それ以前のロケットがどうなったのかも、ちゃんと知識として知っています。
じゃあ、5万年も前に誰がどうやって宇宙服を手に入れて、どんな方法で月へ行ったのか……?
そもそもそいつは誰なんだ!?
大気のない月の地表で、埋もれていた洞窟から発見された5万年前のものにしては保存状態がよかったその遺体は何者なのか?
という謎解きに終始する、これはミステリーのようなSF小説なのです。
名探偵コナンは事件を推理し、謎を解いてゆく過程で、証拠や犯人のアリバイが本物かどうかを立証するために必ず裏づけをとりますよね。
チャーリーと名付けられたその遺体は、われわれ以前に存在していた文明を生きていた人類なのか、あるいは人類と瓜二つなだけで別の星からやってきた異星人だったのか?
ここをコナンに代わって科学者と生物学者が、一方は科学的見地から、もう一方は生物学的見地から、互いに一歩も譲らない謎解き合戦をくり返すの図を想像してもらうと、大体そんな感じです。
そんなののどこがおもしろいんだ?と思うかもしれませんが、理屈っぽい各分野の学者たちが、互いにあーでもないこーでもないと論戦をふっかけているシーンは流し読みしても大丈夫です(たぶんね)
探偵役の主人公ハントもまた原子物理学者なのですが、このひとは学者というよりも大人版の名探偵コナンですからね。
彼が何を見、何を考え、何をやっているかの部分だけ追いかければ、あとは適当にすっ飛ばしてもさほど問題ありません。
謎は他にもあとからあとから出てきます。
今度は木星の衛星ガニメデで、長らく氷の下に埋まっていた宇宙船が発見されて、その中から人類ではありえない異星人の遺体が発見されるのです。
が、その宇宙船は、ガニメデの厚い氷の地殻の下に2500万年も埋まっていたことが判明します。
さらに、月を構成する地表にも不可解な点が見つかりました。
この作品では、ハインラインの時代のSF作品のような、突拍子もない発明や未来技術の代わりに、よほど現代の科学技術のほうへよせてきているせいで、そのぶん余計にリアルに謎が深まる印象です。
一体全体なにがどうなっていて、われわれ人類が誕生する以前の太陽系で何が起きていたのか……?
謎を検証するべく月面に降り立ったハントが、名探偵コナンのように謎の遺体チャーリーの生前の足跡をたどり、彼が見ただろう光景をそこに重ねてみようとするとき、われわれ読者もそこに入りこんで同じことをしている自分に気づきます。
人類の歴史の第1ページが記されるより数千年も前に、まさにその場所にひとりの男がうずくまり、ハントがつい最近25万マイル彼方のヒューストンで読んだ手記の最後のページをふるえる手でしたためたのだ。ハントはその出来事から現代に至るまでに流れ去った長い長い時間のことを思った。宇宙のどこかで繁栄し、そして滅び去った国家のことを思った。灰塵と帰した幾多の都市。一瞬の光芒遠はなって過去に飲み込まれていった生命‥‥‥以下略
©️ J・P・ホーガン著『星を継ぐもの』より引用
現代科学ミステリータッチの理屈っぽいセリフや展開がつづいたあとで、この辺りまできてようやくSF作品らしさが出てくるというか、学者さんたちの理論武装と理屈っぽさにもいいかげんこちらが慣れてくるというべきか…(笑)
ハントに問題解決の重大なヒントをもたらしてくれるのは、このとき月から眺めた地球ではなく、じつはこの後、別の衛星から眺めた別の星なんですけどね。
そしてついに全てを説明可能な衝撃の事実がハントの口から語られます。
最後まで残っていた謎が解明されたとき、そうだったのか!と、ダーウィンの『種の起源』ではイマイチ説明しきれていなかった最後のピースをここで見つけたかのような気分になるのは、おそらくわたしだけではないはずです。
物語がミステリーを基調としすぎている感が強すぎるので、これ以上は何を書いても大事なところがネタバレしそうで書けません。
気になるひと、詳しく知りたいひとは自分で読んでみてください。
ホーガンの《ガニメアンシリーズ》は、『星を継ぐもの』、『ガニメデの優しい巨人』、『巨人たちの星』の三部作と、ずっと後に発表された続編『内なる宇宙』で構成されています。
このシリーズは今でも全国の書店で普通に手に入りますから。
この作品が今も普通に書店で手に入るということは、それだけ読みつづけられているということでしょう。
そして、これを読みおえると、三部作の残りの作品が読みたくなってたまらなくなってくるんですよね。
SFファンだけでなく、これはミステリーファンにもおすすめしたい1冊(三部作)なのです。