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「私の大好きな探偵」

ずっと本棚に置いてあるのだけれど、なかなか読めない本というものがある。所謂積読。だって本て生ものだもの。読みたい時が読み時だよ。今読みたい!本が数年後その情熱でもって読めるかというと、そんなことは自分でもわからない。いつ読むんだこれ……と途方に暮れて、何だかいろんなことに申し訳なさすら感じる日々。そんなのがたくさんある私だけれど、中には少々違う意味の積読本がある。

大切にしすぎて読めない本。

それに分類されるのが、『私の大好きな探偵』だ。

これはポプラ文庫から出ている仁木兄妹シリーズの短編集である。収録作品の初出はどれも昭和なのだけれど、2009年に再文庫化されているので入手しやすい……んじゃないかなと思って今さっき調べたら、ポプラ文庫以外も普通にまだまだ現役で出版されていた。さすが。

仁木悦子さんの『仁木兄妹シリーズ』に出会ったのは、あやふやな記憶ながら十年程前になる。図書館をなんとなくうろうろしていたら、一般文芸棚の付近で『日本の名探偵特集』と銘打った企画が行われていたのだ。

返却されたばかりの本が並んでいるカートのようなあれに、何冊か推理小説が並んでいた。記憶があやふやなものだから、誰の著作があったのか覚えていないんだけれど、とにかくよく目にする日本人推理作家の名前が並ぶ中で、仁木悦子さんの名が目を引いた。

仁木兄妹シリーズは、作者と同名の主人公の片割れ、仁木悦子とその兄・仁木雄太郎が遭遇する事件を解決していく推理小説で、私が手にしたのは『仁木兄妹長篇全集(全二巻)』の一冊だった。

帰宅してさっそく開いたのだが、私はその本を早々に閉じた。何故か。ハードカバー単行本で結構な厚みのある外観、その中身は二段組み。349ページ。

本を読むことは私にとってベスト3に入る最高の娯楽だが、年齢を重ねて集中するまでに時間が掛かるようになってしまった。小説を読むにも、その世界に潜る為に準備運動と覚悟がいる状態である。昔は助走なしで飛び込んでいたのに。そしてその時まったく何の準備もなかった私には何かもう辛かった。頭に入ってこない。その事実が辛い。なので私はそれをしばらく寝かせて、解説だかあとがきから読んだ。なんと江戸川乱歩賞第一回の受賞作『猫は知っていた』が収録されているという。ほー、と謎の感嘆符を浮かべてようやく読み始めたのだけれど、仁木悦子の海は深かった。どんどん潜れる。

次は全集の二巻。それから文庫も探した。何故か実家にも一冊あった。どんどん読んだ。そして店頭で見かけた『私の大好きな探偵』。

意気揚々と買った。

読めなかった。

何故か。これを読んだら、私はもう新しい仁木兄妹に会えないんだと思ってしまったから。

作者の仁木悦子さんは既に故人で、このシリーズも私が生まれるよりも前に終了している。なので数には限りがあって、読めば読むほど「次」は減っていく。だからふとそれに気付いて、私は大切に読もうと思った。最後に出会う新しい仁木兄妹。私の推しは兄・雄太郎。

でもさすがにそろそろ読んだ方がいいんじゃないか?読める時に読んどかないと、この先ますます読めなくなったらどうすんの?

百歳過ぎて菊池寛を読もうとしていた人を知っているし、うちの祖父も八十過ぎても読んでいたから、別に歳をとる=読書への力の消滅ではないのはわかってるんだけれど、集中力も興味も日々変わるのである。

そろそろいいんじゃないかな。そんなことを考えながら、本棚から出した。

そしてまだ読んでないんだけど。仁木兄妹、面白いよ。ミステリで事件は普通に起きるけど、元々著者は児童文学出身だから、年齢問わず読みやすいかもしれない。昭和の文体、新鮮に映るかもよ。

さあ自宅待機の日々、今、仁木兄妹を!

不意に布教したくなったという話である。


ISBN-13: 978-4591114452



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