DXに取り組む経営陣の正しいスタンス
DXの成功に向けた5つの要件
私はこれまで、経営コンサルタントとして数多くの企業のデジタルトランスフォーメーション(DX)の取り組みを支援してきました。その経験から、DXの取り組みが成功している企業には共通点があると感じています。それは、正しい体制で、正しい取り組み方をしているということです。
結論からいうと、DXの成功には「経営陣のスタンス」「実行者のマインドセット」「テーマ選定」「成果物の位置付け」「検討の進め方」という5つの要件を押さえてDX戦略が策定されていることが必須です。
この5つの要素は、総合点として一定レベルに達していれば良いというものではありません。成功するためには、これら5つの要素がそれぞれ高い水準に達していることが必要なのです。またそれはあくまでDX成功に向けた必要条件であり、この5つを満たした上で、具体的な取り組みを設計して進めていくことが求められます。私は、この厳しい条件が、多くの企業がDXで苦戦する理由の一つだと感じています。
本記事では、これらの5つの要件の中から特に「経営陣のスタンス」に焦点を当てて詳しく掘り下げます。経営層がどのようにDXを捉え、どのような姿勢でプロジェクトに臨むべきかを明らかにし、DXの成功に不可欠な経営陣の正しいスタンスを解説していきます。なお、残りの4つの要素については、この記事に続く形で、それぞれ別の記事で詳しく取り上げる予定ですので、ぜひそちらもご覧ください。
中長期/全体視点を持つ
DXは本来、事業全体、組織全体を抜本から見直す変革です。その中で、新しい仕組みやツールを導入したり、業務プロセスやビジネス構造を大きく変えたりすることになります。そういった際に、単なるツールの導入や業務プロセスの部分的な改善と考えるのではなく、事業全体、組織全体に対する大きな影響を見据えていくことが大切です。DXによる変革は広大な範囲に及び、企業の将来像を根底から変える可能性を秘めているのです。
そのため、DXの取り組みを考える際には、常にその大きな波及効果を包括的な視点で捉えることが必要です。また、そのような大きな変化は、短期間で完成することは稀ですので、長期的な視点を持って取り組むことが重要になります。
加えて、DXがもたらす変化は、物事を分解して全てをファクトベースで検証できるというものではなく、ある種、経営者の直感的なビジネス感覚で捉えなければならないことがあります。この直感が、経営上の重要な意思決定を導くための鍵となることも少なくないのです。
逆に言うと、経営陣が短期的な視点に陥ったり、部分的な事象にしか目が向かなくなったりすると、DXの取り組みは全否定されてしまいがちです。DXの効果が収益面で明確に現れるまでには、相応の時間がかかるため、経営陣が直接的な費用対効果だけに着目し、そのことを問い続けてしまうようでは、DXの取り組みは進められなくなってしまうでしょう。
だからこそ、経営陣には長期的かつ全体的な包括視点を持ち、直感を活かしつつDXの取り組みの価値を感じ取り、大胆に推進していくことが求められるのです。短期的な収益効果がすぐには見えない場合でも、DXの深い価値を感じ、これを支持し続ける姿勢、それが変革を成功に導く最初の一歩になるのです。
プロセスの進捗にも着目する
DXの取り組みは、確立されたオペレーションを改善しながら粛々と実行していくような定型的な取り組みとは異なり、何をすべきかが明確に定まっていない不定型な取り組みです。
たとえ予めDXの実行計画が定められていたとしても、それはあくまで計画策定時点での仮説に基づく計画に過ぎず、実際には取り組みを進めながら見直していくことが前提となっています。つまり、実際にDXを進めていく中では、その計画を基に試行錯誤を繰り返し、必要に応じて方向性を柔軟に調整することが求められるのです。
DXプロジェクトでは、取り組みが想定通りに進まず、期待したアウトプットが得られずにプロジェクトがしばらく停滞することも多くなります。そういった際には、経営から現場までが一丸となって問題解決に取り組むことや、進行中のアプローチを大胆に見直し、全く新しい方法を模索することも必要になります。
したがって、DXに取り組む企業の経営陣は、結果だけを見て取り組みの成否を評価するのではなく、プロジェクトの進行状況に注目し、計画していた取り組みが問題なく実施されているのか、その結果、想定通りの効果が出ているのか、といったことに関心を持つことが大切なのです。
一方で、世の中には、実務に近いことは全て事業責任者と現場リーダーに任せ、自身はその結果としての売上高や利益といった財務面の数値にしか着目しない、というスタンスの経営者もいます。こういったスタンスは、オペレーションが確立している既存事業の運営であれば、現場の自主性を引き出してうまく機能することもあるかもしれません。しかし、DXのマネジメントに同じスタンスで臨んでしまうと、実際には大きな経営判断を伴う方向転換が必要でもそれに気づけなかったり、本当は有望な取り組みでも「数字が出ていない」という理由で中断されてしまったりすることに繋がるのです。
だからこそ、経営陣には進行中のプロセスに対する理解と支援、長期的な視野を持ち、想定通りに進んでいない場合には、問題解決を積極的にサポートすることが求められます。もちろん、すべての詳細に経営陣が介入することは現実的ではありませんが、少なくとも、プロジェクト全体の方向性と主要な取り組みの状況については、適切なレベルで理解し、ガイドしていくことが必要不可欠なのです。
リテラシを高め、自ら考える
DXは、かつてのITシステム導入とは異なり、情報システム部門が中心となって取り組めば良いものではありません。また、事業部の中で局所的に実施できることでもありません。DXは、まさに経営陣が責任を持ち、全社で取り組んでいかなくてはいけない経営課題なのです。
だからこそ、経営者は「自分はデジタルのことはわからない」と言ってはいけません。昔なら「自分にはITはわからない」という経営者も少なからずいました。しかしデジタルやDXに関していうと、自らは専門知識を得ようとせず、詳細を全て部下任せにしたり、外部のコンサルに過度に依存したりしてしまうのは大きな問題です。そもそも、経営者が中身に関心を持たないことが、DXの失敗を生む原因になりやすいのです。
もちろん、現実的には、経営者が専門家レベルの詳細度で理解することは難しいことも多いでしょう。しかしその場合も、適度な粒度でデジタル技術とその影響や意義について知り、考え、理解することが大切なのです。
また、デジタルについては、世の中の技術が常に進歩し続けているという点にも留意が必要です。だからこそ、一度勉強したらその後何年もそれが役立つということはなく、常日頃から新しい情報に触れ、自らのリテラシを高め続けるという姿勢が必要なのです。
ただし、経営者がデジタルについて関心を高めると言っても、断片的な情報を集めてそれをそのまま語れば良いというわけではありません。いろいろな情報を得た後は、それらの情報を消化し、しっかり考えて、自らの経営における視点やビジョン、あるいは持論にまで昇華させることが重要なのです。そうやって考えたことが経営における軸となれば、一貫性のあるスピーディな経営判断ができるようになります。
逆に、自分に筋の通った持論がないにも関わらず、細かい情報だけをあれこれとフォローしてしまうと、個別の情報に振り回され続けることになります。ひどい場合には、社長が外で見聞きした情報をすぐに「今日、〇〇の話を聞いた。うちでもすぐに同じことをやろう!」と場当たり的な指示を出し続ける、といったことが起こってしまいます。これはまさに、経営者が「知る」だけで、「自ら考え、理解する」ことができていないという例で、そのようなことが繰り返されてしまうと、経営者がDXには前向きでも、現場が疲弊するだけでかえってDXは進まないという状態に陥ってしまうのです。
ちなみに、デジタル技術について知ることは、DXブームの初期に流行したような、経営層やミドルマネジメントを対象にした「Pythonで簡単なプログラムを書いてみよう!」といったような研修を受けることではありません。そういった研修が役立つ場合もありますが、大概は「お遊び」に過ぎないからです。本当に必要なことは、繰り返しになりますが、「適度な粒度でデジタル技術とその影響や意義について知り、考え、理解すること」なのです。
だからこそ、組織全体のDXの成功に向けて、経営陣にはデジタルについて積極的に知り、考え、理解することが求められます。また経営者が自ら、それに基づいて判断し、行動する姿勢を示すことで、組織全体にデジタルに合った文化が根付くことにも繋がっていくのです。
要件が満たされない場合には
以上で見てきたように、DXの成功は、経営陣のデジタルに対する正しいスタンスから始まると言っても過言ではありません。しかし逆に、もしDXに取り組もうとしている企業において、前述した経営陣のスタンスに関する3つのポイントが満たされない場合には、どうなるのでしょうか。
端的にいうと、そのような状況である限り、DXの難易度は極めて高くなります。もっと直接的に言えば、その状態が変わらない限り、現場がどれだけ頑張ったとしても、本格的なDXはほぼ不可能です。
理想論としては、そのような場合には、何らかの形で経営陣に働きかけ、DXに対するスタンスを変えてもらうべきでしょう。しかし実際には、社内からの働きかけによって、短期間に経営陣のスタンスを変えることは難しいと思います。
そこで現実的な解としては、経営陣のスタンスが変わるまでの間は、いきなり大きなトランスフォーメーションに取り組むのではなく、現場主導で出来ることを整えつつ、然るべき時に備えておく、というのが賢明な答えになると思います。
例えば、世の中には様々な分野でSaaS型の便利なデジタルソリューションがありますが、そういったサービスの中から成果が早く出やすいソリューションを導入する、ということも1つの方法です。これらのツールは現場レベルで比較的簡単に導入でき、即座に効果を発揮することもあります。
仮にそれは本格的なDXにはならなくても、多少は組織としてのデジタルに対する経験値に繋がります。それを積み上げていけば、いざ本格的にデジタルに取り組むことになった場合に少しは役立つはずです。確かに真のDXとは全く違いますが、「経営陣のスタンスが整っていないからDXが出来ない」と言って何もしないよりは、このような段階的な取り組みだと割り切り、より大きな変革への準備として、今すぐ出来ることを進めることに取り組む方が前向きなアプローチだと思います。
別の言い方をすると、経営陣のスタンスが正しくセットされていない時には、その程度しかやれることがない、ということでもあります。つまり、経営陣のスタンスが適切に整うことが、本格的なDXに向けた外せない第一歩となるのです。
結論: DXは経営陣のスタンスから
DXの成功には、技術の導入や業務プロセスの改善以前に、経営陣が中長期的かつ全体的な視点を持ち、プロセスの進捗にも着目しながら、自らリテラシを高め思考することが不可欠です。経営者のスタンスが正しくセットされていなければ、DXの取り組みは頓挫してしまうでしょう。
もし経営陣のスタンスが満たされていなければ、いきなり大きなトランスフォーメーションに取り組むのではなく、現場主導で出来ることを始め、組織としてのデジタルに対する経験値を高めていくことが賢明かもしれません。暫定的な取り組みですが、経営陣のスタンスが変わり、然るべき時が来る時のために備えておきましょう。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?