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ソーシャル時代の自己肯定力

最近自己肯定感について少し思うところがあったのでnoteに考えたことをまとめておこうと思います。

事の発端

 私はプログラミングを生業としているものなのですが、最近人のライブラリに修正を提案する(プログラマー的にはPRを送る)機会がありました。

 自分の環境では動いている形で修正提案をつくって送ったのですが、これを送るまでに時間がかかった。ライブラリは自分だけが使っているものではなくて、他の利用者もいるため自分のところで動いているからといって必ずしも他のところで動くとは限らない。コードの変更自体はそれほど時間がかからなかったのだけど、修正した内容を完了形にしようと決心するまでに時間がかかった。自信が無かったんです

 結果一番最初にした修正内容とあまり変わらない形で最終的な修正提案としました。自分ではこの方法が良いと思っているが「自信がもてない・確信が持てない」ことによって決心に時間がかかってしまう。経験からくるものかもしれないし、知識量からくるものかもしれないが「正しいと納得できる自信」がないため時間がかかったのを感じた。

ソーシャル時代のアウトプット

 インターネットがインフラになって、みんながスマートフォンを持ち歩いている時代です。絵や小説をアップしたり、ブログは分かりやすくアウトプットだし、twitterやinstagramも不特定多数の人々の目に触れる機会があり立派なアウトプットです。

 私はinstagramがまだ写真好きな人々しかいない時代から使ってきているんですが、最近メインアカウントでの投稿をやめました。なんとなく写真をあげるのが面倒になりました。instagramのことはinstagramのことに閉じておきたい気持ちがあるんですが、日常の中で引き合いに出されることにちょっとした嫌悪がありました。端的にいうと「これを上げると変な絡み方されてめんどくさいな」という気持ちでした。

 友人・知り合いを始め沢山の人とつながっているツールですし、自分をブランディングするために使われているツールですからそんな些細な事は許容せよというのも分かるんですが個人的には気持ち悪いです。お金をもらっているわけでもないし、続けなければいけない理由もないのでやめるという選択をしました。

 話が発散しましたが、つまり誰もが見られる状態にあるアウトプットはどんな小さいものにしても、見た人たちの評価対象になるし場合によっては自分がその評価を知ってしまう可能性があるという風に思います。それがどんなに趣味的なことでもです。

 人って評価されるとより良い評価に寄せていきがちで(だって貶されるか褒められるかなら褒められたいですよね!)、やがて疲れていってしまうことがSNS系多いような気がしてます。自由に書く => 評価される => 外の目が気になる => 寄せていく => 外の目が気になループ => 疲れる。そんなことが多い。

 自分が言いたい!って思ったことや、ステキな写真!って思ったものを上げたい気持ちに歯止めをかけるのは結構なストレスじゃないかな...と。

それでも続けること

 私はわりとmixiからinstagramまでSNS系のものはだいたいそんな感じでやめてきています。唯一twitterだけは続いていてこれはあんまり評価みたいなものが無いからかなと思ってます。

 しかしブログにしたって、instagramにしたって、インターネットから離れると表現者の人々も含めて継続的にアウトプットを続けている人たちがいます。この人達がアウトプットを続けられる・続ける理由について考えた時に「肯定感」というものが大事なんじゃないかということを思いました。

 「単純にアウトプットすることが好きで周りの目を気にしない。」こういう風に言っていたのは何年も技術的なblogを小さくてもずっとアップし続けているプログラマになるきっかけをくれた人でした。技術的なことに対して純粋で、オープンでいることを大事にしている人でした。

 あとは「自分の作っているものに自信があるから評価されても参考にこそしても気にはしない」と言ってたバンドマンがいました。

 やめてしまうのってどこか「誰かに見られていやだな」と思う気持ちや「自分が取るに足らない人だと思われたらどうしよう」という気持ちが働くような気がします。完全にアウトプット適正ない感じですし、それによって誰かが価値を審査するわけではないのに働いてしまうこの気持ち。ずっと続けている人はそれ以上に自分がしていることに自信を持っていてしっかりとした自己肯定感を持っているように感じました。

ソーシャル時代の自己肯定力

 インターネットがインフラになって、みんながスマートフォンを持ち歩いているこの時代は、自分が始めようと思っていることについて調べると同じことをしていて遥かに前の方を歩いている人たちをすぐに見つけることができてしまいます。

 ブログを始めようにも、今までとは比べ物にならないくらいしっかりとした記事の体裁のブログをたくさん見つけられます。(完全な余談ですが、200X年代はヘッドホンの評価を検索したら無数の個人の感想BLOGが引っかかったものです。検索結果は様変わりしました。) instagramを見ればすぐに美麗な写真や面白い投稿を見つけることができます。わざわざ自分がやる必要ないじゃんってなりがち。

 それでもやっぱり「やりたい」という気持ちってすごく貴重なので大事にしたいなと思っています。そこである程度の自己肯定力を身に着けておくときっと良いんじゃないかと思います。(↑の人たちのようなお気持ちですね)

 自分は作曲を趣味としていたんですが、友人に「曲構成が変」「ホラーみたい」と散々罵られながらも好きだからずっと大学時代続けていたら、外国のポッドキャストで紹介されたりしてめっちゃテンションが上がったりした経験がります。

 少なくとも自分は最高だと思っているし、続けていたらそれを最高と思ってくれる自分以外の人がいるかもしれません。そういう最高にとって外の目・評価っていうのは本来有用なはずなのです。

 アウトプットしていきましょう!

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