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これ観ました! 芝居見物レポート 七月@歌舞伎座 夜の部

神霊矢口渡

歌舞伎座新開場十周年 七月大歌舞伎

義太夫狂言 😊古典名作・手負ごと
観劇日 2023年7月16日

『神霊矢口渡』は、平賀源内が福内鬼外の名で明和7(1770)年に著した人形浄瑠璃。人形浄瑠璃と言えば上方と思いがちですが、本作の初演は江戸の外記座で、内容も江戸が中心です。歌舞伎の初演はその24年後ですが、天保2(1831)年七世團十郎と五世宗十郎が上演した型が定着しました。

本公演では、ひと目ぼれした相手を身を挺して守ろうとする純情な娘お舟を児太郞が熱演。傷ついて苦しみながら何かを行おうとする演技を手負いごとと称しますが、お舟はまさにそれで、恋しい人を落ち延びさせるために、瀕死の体で目的を果たします。そのくだりが見どころ。「八百屋お七の変形」(*1)で、人形の動きのように首を激しく動かす毛ぶりを入れながら太鼓のある櫓まで行きつ戻りつし、小悪党の下男を振り払い、ついに太鼓を打ち叩きます。最後に手を合わせ愛しい人を見送るときの表情もお見逃しなく。

一方、娘を切りつけてまで悪事を成そうとし極悪非道のままで死んでいく父親頓兵衛は男女蔵が勤めています。七世團十郎の工夫による「赤面に針金捲毛」(*2)の特異な風貌で、つばに鈴の付いた刀を担いで手を前に出し足をくねらせて花道を引っ込む「蜘蛛手蛸足」や、「首に当てて射ぬかれたさまを見せる『鍋づる』」(*3)といった古典らしい演技手法や仕掛けを、堂に入った演技で見せます。

お舟が恋い焦がれる義峯は九團次、その恋人の傾城うてなは色気がにじみ出るような廣松。黒地に同じ絵羽模様の入った衣裳に白肌が美しく映える美男美女ぶりです。義峯は実は頓兵衛が力を貸したことで謀殺された義興の弟で、本作は太平記ものの一つです。(2023年7月17日)

(参考文献:『新版 歌舞伎事典』平凡社*1、『歌舞伎ハンドブック 第3版』三省堂*2、『最新 歌舞伎大辞典』柏書房*3、公演筋書)
😊=推しポイント(以下同)

神明恵和合取組(かみのめぐみわごうのとりくみ) め組の喧嘩

歌舞伎座新開場十周年 七月大歌舞伎 夜の部

世話物 😊江戸情緒・いなせな江戸風俗
観劇日 2023年7月16日

『め組の喧嘩』でいつも胸が熱くなるのが、皆打ちそろっていざ喧嘩に向かおうというときのかけ声。どこか木遣りにも似た、唱和して響き渡る長く長く続くかけ声が、悲壮感とともにジーンと心にしみ渡ります。

本作は、ひとことで言えば、火消しのめ組と力士の喧嘩。腕っぷしに自信のある火消しとはいえ、日々修業を積み力も技も圧倒的にすぐれた格闘の専門家と体を張って渡り合う、命がけの喧嘩です。

発端は酒に酔い悪ふざけが過ぎた力士と、隣座敷にいため組の鳶との小競り合い。後から現れた、團十郎演じる鳶頭辰五郎は、右團次の四ツ車大八らの力士を抱える武士が放った、差別的な言いように怒りを覚えます。その場は辛抱し、後日ふたたび芝居小屋で起きた諍いでも又五郎が勤める喜三郎の仲立ちで了見したものの、辰五郎は肚が収まらず、密かに仕返しを決意します。その心を知らず業を煮やした雀右衛門演じる女房お仲が、発破を掛けるために離縁を切り出したため、本心を吐露する辰五郎。

いざ喧嘩に出立となったときの、お仲と辰五郎の、息の合ったテンポのよい身支度から出がけの切火までの一連の場面は、江戸っ子ぶりを小気味よく表現した、見どころの一つです。

本公演では、團十郎が勤める辰五郎の懐の深さと肝の据わりようやしみじみとした情愛の表現などが、前回令和2(2020)年(当時海老蔵)より一段と厚みを増し、男盛りの風貌とともに観客を惹き付けます。このとき倅役でかわいらしかったった新之介(当時勸玄)は、今回は喧嘩に向かう前に、いの一番に、口に含んだ水を足に拭きかけワラジを締めて気合いを入れる役。もう倅の役ではないのだと感慨深いものがありました。

大詰めでは梯子を抱え纏をかざし、小屋の建て込みの屋根から瓦を投げ、ときに笑いを誘いながら大人数の派手な喧嘩が繰り広げられますが、最後はふたたび喜三郎の仲立ちで両陣ともに矛を納めます。終わり方もサバサバとして江戸っ子らしく、後味すっきりの芝居。(2023年7月18日)

(参考文献:公演筋書)

鎌倉八幡宮静の法楽舞

歌舞伎座新開場十周年 七月大歌舞伎 夜の部

九世市川團十郎没後百二十年 新歌舞伎十八番の内

舞踊劇 😊変化もの・もののけ・華やか・六方掛合
観劇日 2023年7月16日

※一部、ネタバレに近い詳細な説明があります。ご注意ください!

舞踊巧者の團十郎の魅力が余すところなく発揮された変化舞踊の本作は、新之介とぼたんの奮闘も眼目。

変化舞踊もお手のものの團十郎、まずは老女として登場。以前六本木歌舞伎『羅生門』でも秀逸な化けぶりを披露していましたが、今回も奇っ怪な老婆を好演。次にかつての「四の切」(関連記事)の奮闘を思い起こさせる狐の白蔵主。そして油坊主船頭と変化し、ここで新之介の若船頭とぼたんの町娘の親子三人が揃います。

ぼたんの舞踊は年齢を忘れさせるほどの艶やかさに驚かされることがありますが、町娘もそうした一つ。新之介はこの場面の前に老女に促されて登場する提灯でも大いに成長ぶりを見せています。今年3月の『伝承への道』でほっそりとした見かけからは想像のつかないがっしりとした太ももに少々驚いたのですが、日々の精進の成果が着実に舞台に反映されているようです。

そして團十郎は静御前に。源義経に早替りしながら幻想的で壮麗な舞を披露。義経が消えて静御前一人が残された後、美しい静御前の顔とあやかしの顔が交互に現れるさまを表現するくだりは、息を呑むほどの迫力。

最後は、静御前から変化したおどろおどろしい團十郎の化生を姉弟が押戻。うれしいサプライズです。太い青竹を持ち力紙を頭に付けた勇ましい新之介の竹抜五郎と、『暫』の鎌倉権五郎よろしく三升の大紋が入った柿色の長素襖を纏う、可憐ながら堂々としたぼたんの二宮姫の勢いに負け、化生は退散して幕となります。

本作のもう一つの大きな見どころは、六方掛合。河東節、常磐津、清元、竹本、長唄、箏曲の競演です。それぞれ出語り、出囃子で、見た目にも華やかなことこの上なく、細棹、中棹、太棹と3種類の三味線それぞれの音色に箏の音が、また浄瑠璃と唄が、ときに重なり合い、ときに掛け合いながら、豪華絢爛な曲を奏で、耳も大いに楽しませてくれます。

夜の部は3作のバランスもよく、大満足の宵を過ごせました。(2023年7月19日)

(参考文献:公演筋書)

©Katsuma Kineya

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