ARCHIVES『THE NIKKEI MAGAZINE Ai』プレミアムクラブ会員向けメールマガジンその7「化粧・鬘編」(2015年11月~2023年3月配信/文:Katsuma Kineya、編集:講談社、配信元:日本経済新聞社)
化粧と隈取の見どころと見せどころ
2019年3月22日配信
歌舞伎は、たとえ筋を知らない演目でも、ひとめ見れば、その登場人物の背景や役どころがある程度わかります。とくに、荒事をはじめとする時代物(公家や武家社会を題材とした作品)では、善人と悪人が一目瞭然。なぜかというと、顔の作り方、つまり、肌色や隈取などの化粧が、役どころによってかなりはっきりと分かれているからです。
白塗り、肌色、赤っ面
白塗りは、白肌のこと。八割方が善人で、身分の高い人や、若旦那、若殿、若侍などの二枚目役に使われます。女形は一般的に白塗りですが、年老いた役や、町のおかみさん、農家の女性などは肌色。男性の役の場合も、肌色はリアルな役や年寄りに用いられます。肌色を濃く赤くした赤肌は悪人。なかでも隈取をした役は“赤っ面”と呼ばれる敵役に決まっています。
ヒーローと悪役が一目瞭然の隈取
白塗りの多くが善人ですが、なかには悪人もいます。ではひとめ見ただけではキャラクターはわからないかというと、そんなことはありません。ここで役立つのが隈取の知識。隈取は、顔の筋肉や血管を誇張して描いた筋のこと。役柄に合わせて紅、青、茶や黒などの色が使われ、その色や隈の取り方で、約50種類に大別できるそうです。
紅の隈取は、若々しく血気盛んな様子を表し、筋の数が増えるほど、勇猛果敢なキャラクターになります。代表的な隈取のひとつが、八世市川團十郎を描いた、添付浮世絵内右下の“筋隈”。これは『国性爺合戦』の和藤内ですが、ほかにも『暫』の鎌倉権五郎など力強い荒事の役に使われます。左上は『助六由縁江戸桜』の助六で、強く若くセクシーな色男に使われる“むきみ隈”。
同じ紅色でも、動物や植物を模した隈取は、滑稽味のある役柄に用いられます。『壽曾我対面』の道化役、朝比奈に使われる“猿熊”がそのひとつ。
青は邪悪な存在、茶や黒は鬼や悪霊を表します。
役によっては、場面ごとに隈取を変化させて、役は同じでも演じる人格が変わったことを表現する場合もあります。前述の和藤内も筋の少ない“一本隈”から変化します。
ちなみに、演技終了後、紙や布に隈取を写し取ったものは“押隈”といいます。
隈取りの発案者は初世市川團十郎
隈取は荒事とともに初世市川團十郎がはじめて行ったとされています。一説には、延宝1(1673)年、14歳で初舞台のとき、坂田金時役で全身を赤く塗り、顔に紅と墨で隈を取ったのが始まりといいます。また、貞享2(1685)年の坂田金平役のときが初だという説も。いずれにしても、多くの俳優の創意工夫が積み重ねられたものが、いまに伝わっています。
化粧の仕方
化粧は、まず下地油を顔や首に塗ってから、水で溶いた練白粉を塗ります。ドキュメンタリーで映像をごらんになった方もいると思いますが、隈取まですべて俳優自ら行います。白粉に砥の粉を入れて肌色に、さらに濃くして赤っ面に。隈取を取らない場合や女形は、この地色を作った後、眉、目張り、口の形を作りますが、女形は実際より口を小さく、立役は大きくします。目尻や目頭に紅を入れるのはそもそも魔除けのためだったそうですが、女形はもちろんのこと、浮世絵左下『明烏』時次郎のように、立役でも紅を差すと色気が出る気がしますね。今度じっくり観察してみてください(笑)。
次回はかつらについてまとめたいと思います。
(参考資料:『新版 歌舞伎事典』平凡社、『市川團十郎代々』講談社、『歌舞伎の解剖図鑑』エクスナレッジ、『歌舞伎ハンドブック』三省堂)
Copyright (C) 2019 Nikkei Inc. & KODANSHA Ltd.
鬘の見どころと見せどころ
2019年4月19日配信
歌舞伎のなかでもとくに時代物は、登場人物の位置づけや身分、職業、悪役か善玉かなどが、見た目でおおよそ判断できます。そこで、前回の化粧に引き続き、今回は鬘(かつら)について簡単にご紹介します。
成人前か後か。立役は月代に注目
江戸時代までは、成人を祝う儀式、元服で、男子は前髪を剃るのが慣わしでした。この剃った部分を月代(さかやき)といいます。歌舞伎の時代物は当時の風俗を写し取っているので、この月代があれば成人。月代はいつもきれいに剃っていないとみっともないとされたため、手入れができず髪が生えているのは職にあぶれた浪人などを表します。下の浮世絵1では『仮名手本忠臣蔵』六段目の勘平の前髪がこれにあたります。勘平は塩冶判官旧臣ですが、お家取り潰しの後猟師になっていました。
月代に生えた髪が長く伸びボリュームたっぷりに立ち上がっている鬘は百日、五十日と呼ばれ、主に大盗賊や妖術使いなどに使われます。浮世絵1の五段目、定九郎がこの髪型。ちなみに、この絵のように髪の生えた月代、白肌、黒羽二重に破れ傘という出で立ちの定九郎は、初世中村仲蔵が考えたもので、落語にもなっています。
元服前の若者の前髪が立っていることもありますが、こちらは意気盛んな様子を表現。また相撲取りも前髪があり、大前髪といいます。
月代は青々としているほど若く、年を重ねた役になるほど肌色に近くなります。
髷と鬢と髱でさらに立役のキャラを表現
歌舞伎に使われている鬘は、前髪だけでなく、髷(まげ)や鬢(びん)、髱(たぼ)のさまざまな工夫で登場人物の役どころを表します。その種類は、立役(男役)1000種、女形400種*もあるとか。鬢は耳の上の髪、髱は後頭部の髪で、前髪があれば、前髪もともに束ねたものが髷。束ねた根元をもとどり、もとどりを結ぶひもが元結(もっとい)で、主にこよりを使います。浮世絵1の四段目塩冶判官のように、油で固めて棒のように整えた髷は生締(なまじめ)で、武士用ですが、真面目な役柄だけでなく敵役にも使います。浮世絵3『鈴ヶ森』の幡随院長兵衛の髷はのんこ髷。高く結い上げた伊達な形です。
髱にも違いがあり、町人の長兵衛はたっぷりした袋付、一方前述の判官は武士なのでピシッと油で固めた油付です。なお、長兵衛は、この四月の歌舞伎座で二代目吉右衛門が演じ、いぶし銀の魅力を放っていますね。
ほかにも、武芸者のポニーテールのような髷は茶筅、その毛先を上に向けた殿様の髷は棒茶筅、鬢も髪を数本に分けて固めた車鬢など、多種多様です。
女形の鬘は髷と飾りがポイント
立役に比べ女形のパターンは少なめです。たとえば浮世絵2『花菖蒲文禄曽我』家老大岸蔵人妻やどり木は、根元を高く結い上げ、髷の中央を元結で結んだ高島田。武家の奥方や御殿女中などの髷です。やどり木が前髪につけている布は紫帽子。昔の鬘の不格好な生え際を隠すもので、現在も当時の名残で時代物に登場します。
浮世絵1の七段目お軽(おかる)は遊女なので、つぶし島田に笄(こうがい)や独特の長いかんざしを多数挿しています。これが傾城となると、髷は大きく派手な伊達兵庫に変わり、飾りもさらに大仰になります。
同じ派手な髪型でも姫は吹輪という鼓型の笄を用い、きらびやかなかんざしをティアラのように前髪につけます。
町人は髷の中央を結ばない丸髷。髷を結わずに毛先をゆるく丸めた髪型もあり、馬の尻尾といいます。
製作は鬘師と床山の共同作業
製作はまず鬘師が土台(台金)に羽二重を貼り、そこに人毛や獣毛、糸などを植え、見えないところには簔をつけます。次に床山が結い上げ飾り付けをしてできあがり。ただし車鬢だけは、漆で固める場合は鬘師が、油で固める場合は床山が担当します。
次回からは衣裳にまつわるテーマを予定しています。
(参考資料:『新版 歌舞伎事典』平凡社*、『歌舞伎の解剖図鑑』エクスナレッジ、『歌舞伎ハンドブック』三省堂、『歌舞伎美人』)
Copyright (C) 2019 Nikkei Inc. & KODANSHA Ltd.
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?