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「はじめての出版⑦〜『文章イップス』だったわたくし(前編)」

「イップス」という言葉をご存知でしょうか。

特に野球ファンの方なら聞いたことのある方も多いでしょう。元々はゴルフから生まれた言葉なのですが、これは、

「緊張や不安など何らかの精神的要因によって、
それまでスムーズにできていた動作が思い通りにできなくなる運動障害」

のことを指します。

多くのアトップスリートは幼少の頃から沢山の練習を通じて様々な技能を習得していきますが、ゴールデンエイジという言葉があるように中学くらいまでに基礎的な動作を呼吸するように無意識に出来るようになります。
その一連の動きが、あるとき、例えば大きな怪我や大事な試合での失敗や想定外のミスなどの原因により無意識的にできていた事ができなくなるのです。

例えば、野球の投球モーションは、
ボールを握る、手と足を使って振りかぶる、体を回転させる、ボールを投げる…といった一連の動作で出来ています。これを細切れにして行っている選手はいません。全てはシームレスに繋がっています。

それがある時なんらかのきっかけで「あれ?ボールを握った後、手と足をどうやってあげてたっけ?」「体を回転させた後ボールがなんで手を離れて前に飛ぶんだっけ?」
と意識が分断され一連のモーションができなくなってしまうのです。

精密機械のようなコントロールを誇った選手が、捕手が構えているところと全く違う、あさっての方向にボールを投げてしまう。
抜群の飛距離を誇ったゴルファーが、まともにまっすぐボールが飛ばなくなってしまう。
原因がはっきりしているミスではなく、本人にもどうしてそうなってしまうのか自覚がないところが「イップス」の怖さです。
そしてネガティブな感情が増幅され、プレーする事自体が怖くなってしまうのです。これに陥って引退を余儀なくされた選手はたくさんいます。

前置きが長くなりましたが僕は、

「文章(を書くこと)にもイップスがある」

と考えています。

今回の出版に要した時間は約3年と書きましたが、実際に執筆していたのは後半の1年半くらいで、特に途中で半年近く「文章イップス」になってしまいました。それは、今までにないつらい経験でした。

ざっくりとした書く内容も決まり、章立ても決まり、締め切りもつくり、文字数も確認し、あとは書くだけ。

…なのに、途中で書けなくなってしまったのです。

毎晩、仕事を終えて休憩したあと原稿を書こうと机の前に座るのですが、一文字も書けない。他のことに逃げたくなる。ネットをいじくったり、ボーッとして気づくと深夜になっていてる。冷や汗が出る。中断して、

「明日、今日の分も書こう」

と眠る。しかし、また同じことをその晩も繰り返すのです。やがて夜が来るのが憂鬱になってきます。

その時の僕の心理状態はこんな感じでした。

○自分が書く文章が本当に面白いのだろうか?(いや、そんなわけはない)
○既に書かれた先人の書物に比べて読む価値はあるだろうか?(いや、ないだろう)
○そもそも、長い文章ってどう書くんだっけ?(コピーなら書けるけど)
○そもそも、なんでこんな事やってるんだっけ?(やると決めたのは自分なのに)
○なんか全てに腹が立ってきた。やめた!今夜はもう寝てやる!

…いま読み返しても、危険水域ですね。若干、病んでます。

かつて週刊少年ジャンプで連載されていた、
『県立海空高校野球部員山下たろーくん』という野球漫画をご存知でしょうか。ガチガチの野球青春爽快漫画というよりは、登場人物の心理描写や葛藤が中心の時間軸の切り方も斬新な作品だったのですが、その漫画の中でトップ画像のような、

「(ピッチャーが)どこに投げても打たれそうな気がするバッター」

という描写が出てきます。
僕は数ある野球漫画の表現技術の中で、
これが一、二を争うくらい印象に残っています。

これって、人生の色んな場面において経験する事だと思うのです。

スポーツはもとより、
勉強で全く勝てないライバル、
仕事で何を言っても論理でねじ伏せられてしまう上司、
何回チャレンジしても勝つことの出来ない競合プレゼン…。

一度相手に恐怖を覚え、怯んでしまうと、その感情は増幅され
勝負することすらできなくなってしまう。

僕があの時嵌り込んだ「文章イップス」の沼はまさに底なしでした。

「とにかく文章を書くことから逃げ出したい」その一心でした。

次回はその「沼」からいかに生還したかを書こうと思います。

<つづく>

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勝浦雅彦
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