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「はじめての出版⑩〜さらばインテリ(風)編集者」

ついに「文章イップス」の沼を抜け、執筆を再開した僕。
その頃、世は既にコロナ禍に突入していました。

このコラムシリーズの冒頭でも書きましたが、
執筆を再開できたもう一つの理由は、コロナによって一変した世界でした。

不安を煽る報道、右往左往する政治、焦燥と憤怒が渦巻く世間。
仲間たちと本気で交わした、

「命があれば、また会おう」


という言葉。

「僕たちの明日が決定的に損なわれてしまうかもしれない」

その時、

「自分が生きて考え続けてきた証を残したい」

と心から思ったのです。

そう、この本は「遺言」として書き始めたのです。

そんな話をインテリ(風)編集者にすると、

「あー、うんうん。わかります。原稿お待ちしております」

とわかってるんだか、わかっていないんだか、よくわからない返事でした。
でも今思えば、彼のこんな飄々としたキャラに要所要所で救われて、
執筆は進んだのだと思います。

彼と僕は遅れに遅れたスケジュールを取り返すべく、
慎重に進め方を調整していきました。

特に認識していたのは「疑問」や「不安」にぶつかると、
執筆が停滞する事です。

初めての経験だから仕方ないところもあったのですが、
二度と同じ轍を踏むまいと二人の関係性において、
以下の改善を行いました。


1:執筆中に内容以外の疑問が浮かんだら、早めに担当編集者に相談する

内容以外の「進行方法」や「事実確認」。さらに「最終的な体裁」なども、完成形をイメージする以上、よくわからない状態だと遅滞の原因になります。基本はメールで早めに解決していく事を確認しました。


2:なるべく定期的に顔を合わせて、話をする

作家が出てくる映画やTVドラマにはよく「作家の家で夜通し原稿の上がりを待つ編集者」のような描写が出てきますが、それは昔の話。いまはよほどアナログな大先生以外、原稿はメールベースでやり取りされますし、何より担当編集者であってもプライベートスペースに立ち入るのは憚られる時代になっています。
書籍を何冊も出しているベテラン作家だと、初っ端に電話で編集者と少し話しただけで、あとは全てメールでのやり取りで一度も編集者に会わずに校了までいく方も多いのだとか。

が、こちとら年は食ってますが、まごう事なきペーペーの著者。
テキストだけのやりとりだと不安が募ります。
何より僕自身、生粋の「さびしんぼう」です(気持ち悪い)。

なので、定期的にZOOMで飲みながら雑談をすることにしました。
2、3週間に一度、WEB上であっても顔を合わせることで原稿のちょうどいい区切りができるし、ガス抜きにもなります。

上記の2つを決めたことで執筆は飛躍的に進むことになりました。
また、ZOOMで顔を合わせ、原稿以外のよもやま話をすることでお互いの信頼感も向上していきました。

ただ、肝心な原稿の詰めの部分は悪戦苦闘していました。原稿の文章は半ばまで要素が揃いつつありましたが、「最終的に俯瞰した時にどんな読後感の書籍にするのか」という部分がなかなかしっくりいかず、一つの章を5回ぐらい1から書き直したりしました。
でも、もうあの孤独や絶望感が僕のデスクにやってきて、頰を撫でる事はありませんでした。必ず書き上げる!と信じて進む毎日でした。

そんなある日。
担当編集者からメールが届きました。おや進捗の確認かな?と開封すると、

「お疲れ様です。折り入って勝浦さんにお伝えしたい事がありますので、
ZOOMでお話をさせていただけないでしょうか」

とあります。その瞬間、僕は全身の血の気が引きました。

「ああ、書籍の話が消えたか…」

と思ったのです。これまで時間がかかり過ぎだし、手間もかけてしまったし、プロジェクト中止という決断を業を煮やした出版社が下したのかと。

指定時刻にZOOMをつなぐと、
やや神妙な面持ちの担当編集者が画面の向こうにいます。

「あの、もしかして、書籍の話がポシャったとかでしょうか…?」

と僕が口をひらくのを遮るように、彼は言いました。

「実は私、社内異動で書籍部門から、写真週刊誌部門に配置換えとなりました。急な話で申し訳ないのですが、この書籍の担当も降りることになります。新しい担当が決まり次第、引継ぎまして、再び進行していただきたく存じます」

「ええっ?そうなんですか。この書籍、中止なんて事は…」

「いえ、これはとてもいい企画ですから絶対出しましょう。
ただ、私が最後まで関われない事を深くお詫び致します」

それはいつもの飄々とした涼しい顔のインテリ(風)東大卒編集者でありませんでした。
組織のルールを遵守し、苦渋の中で新しい任務を受け入れようとする一人の男でした。聞けば彼は入社以来、ほとんどの時間を書籍部門で過ごしたとのこと。新しく異動する写真週刊誌部門は、同じ会社とはいえ全く違ったカルチャーである事は僕のような外部の人間にも容易に想像できます。

その時、僕は猛烈な後悔の中にいました。こんなに原稿が遅れなければ、
中途半端な気持ちで異動を見送ることもなかったのに。

「申し訳ないです。僕の原稿がなかなか進まなかったばかりに…」

「いえいえ、担当からは外れますが、本の完成を楽しみにしています」

かくして、去り行く背中を見送った僕は、執筆を進めつつ、
新担当者からの連絡を待つ事になりました。

ところが待てど暮らせど、なんの音沙汰もありません。
またか停滞か…。いかん、この流れはまたテンションとモチベーションが日を追うごとに落ちていくやつだ。しかし前担当の彼はもう部署異動し、慣れない環境での業務についていくのに必死な事だろう。

もう何かを彼に託すのはよそう…。

そんなモヤモヤとした心の晴れない日々が、無為に過ぎ去っていきました。

ようやく新しい担当者から連絡があったのは、突然の別離から実に3ヶ月が経った頃でした。

<つづく>


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勝浦雅彦
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