海外で働けるトキシコロジストという研究者の道 - 5. リモートで自宅から働く研究者
僕はアメリカの製薬会社で働く日本人研究者です。新薬がヒトで使用される前に、その安全性を確認するための仕事であるトキシコロジストをやっています。製薬会社で働く研究者というと、白衣を着て、実験室で働いている様子をイメージされるかもしれません。しかし、僕の仕事は100%がオフィスワークです。現在はコロナ禍ということもあり、すべての仕事を自宅からリモートでこなしています。コロナ禍前に会社のキャンパスへ通勤していた時でさえ、オフィスワークのみで、実験施設に入る許可証さえ持っていませんでした。
実際の実験はすべて外部委託する
実際の実験(安全性評価試験)はすべて委託研究機関(Contract Research Organization)へ外部委託します。僕がやることは、試験をデザインし、それを委託機関にお願いして、実施してもらい、データを出してもらうことです。僕自身は、自分が開発に携わっている新薬を手にとったことも、実際の実験を見たこともありません。僕と委託研究機関とのやり取りは、すべてメール、電話、ビデオ会議で行われます。
仕事は100%がオフィスワーク
僕の仕事は、①個人で集中して行う作業と②ミーティングに分けられます。どちらも自宅のオフィスからすべて行えます。
1. 個人作業
個人で集中して行う仕事には
担当するプロジェクトの開発計画・実験計画などを考える計画を練る作業
実験で得られたデータを解析し、結果を考察する解析・評価・考察作業
実験の報告書や申請資料・ミーティング資料などの文書・資料作成作業
などです。
集中力を要するので、オフィスに通勤しているころから、疲れたら5分間ほど仮眠する、軽くストレッチや体を動かすなどを取り入れていましたが、周りの目があるので、完全に個人のペースでという訳にはいきませんでした。
その点、コロナ禍で自宅オフィスになってからは、疲れたら大胆に仮眠できるし、周りの目を気にせずに軽い運動やストレッチもできるので快適になりました。
2. ミーティング
ミーティングには
部署内での同僚や上司とのミーティング
新薬プロジェクトの部署間でのミーティング
委託機関とのミーティング
などがあり、それぞれに一対一やごく少数でのミーティングから、大人数のミーティングまでさまざまなものがあります。
リモートで自宅から働くようになり、一対一やごく少人数でのミーティングは、かえってやりやすくなりました。オフィスに通っていたころは、つたない英語のみで意見交換し、分かったような分からないようなあやふやのまま終わってしまうミーティングもありました。リモートになってからは、同じデータや資料をスクリーン上でじっくり見ながら話し合えます。お互いに確認しながら具体的で明確な議論がやりやすくなったと感じます。
ミーティングは複数の人の大切な時間を使用することになるので、自分が主催するミーティングや自分のプレゼンが含まれているミーティングでは準備を怠らないよう気をつけています。無意味なミーティングに出て、参加してくれた人に時間を無駄にしたと思われることは避けたいです。僕のミーティングに出れば、必ず有意義な情報が得られる、建設的な議論ができると皆が思ってくれるように、エンターテインするように心がけています。サイエンティストなので、面白いことを話してウケをねらってエンターテインするのではありません。皆を圧倒するデータ分析や新しい知見を紹介したり、斬新なアイディアを共有してエンターテインするのです。同僚や上司の信頼を勝ち取るには絶好の機会ととらえています。
自分が話す部分は、準備さえしっかりすれば、リモートでも問題なくおこなえますが、ウケ者から自由な意見・アイディアを引き出すインターラクティヴな部分には苦労しています。特に5名、10名、あるいはそれ以上の参加者が、それぞれの自宅から参加しているバーチャルミーティングでは、職位や立場を気にせず自由な意見・アイディアをみんなから出してもらうのは、とても難しく、今でもなかなかうまく行きません。2週間前に初めて転職先の会社のオフィスを訪問し、フェイス・トゥ・フェイスでミーティングを行うことができました。同じミーティングルーム内で意見交換をすることの快適さ・重要さをあらためて痛感しました。
一方、他の人が主催するミーティングで、ミーティングの内容が有意義でなく、自分の貴重な時間が無駄になったと思うと、とても腹が立ちます。このような状況を避けるために、あらかじめアジェンダを見て、自分が出るべきミーティングかを判断し、必要のないミーティングは極力出ないようにしています。ただし、一応出ておかなければならないミーティングもたくさんあります。オフィスに通勤していた時はそのようなミーティングは本当に時間の無駄になっていました。しかし、リモートになると、自分に必要のないトピックの時間は音声を小さくして、自分の別の仕事をこなすこともできるようになったので、すこしはましになりました。ただし、一心に集中して仕事をするのと、ミーティングを聞き流しながら仕事をするのでは、効率が全く違うので、極力、自分の出るべきミーティングを絞り込み、ミーティングの時間と個人で作業する時間のメリハリをつけるべきと思います。
3. 個人作業とミーティングのバランス
日によって大きく異なりますが、今の僕の状況は、働く時間の約1/3がミーティングで、残りの時間を個人作業に使えます。自分のパフォーマンスを上げてチーム・会社に貢献するには、いかに個人作業で集中して圧倒的な成果を出せるかだと思うので、個人作業に充てられる時間を大切にすることをいつも気にかけています。
コロナ禍でフレキシビリティが広がった
コロナ禍はたくさんの困難や悲劇も産みましたが、同時にたくさんの変化のきっかけを与えてくれました。リモートワークは最も代表的な変化です。僕は2021年の8月にアメリカ西海岸にあるビッグファーマから東海岸ボストン郊外にある小さなバイオテックカンパニーに転職しました。転職活動もその後の仕事もすべて西海岸カリフォルニアの自宅から行いました。ジョブ型雇用が完成され、それぞれの専門分野に集中して仕事ができる恵まれた環境が成立しているからこそできることだと、感謝してます。もし、リモートワークが普及せず、自宅からの転職活動ができなかったら、転職しようという発想にもならなかったかもしれません。
転職4か月目にしてようやくボストン郊外に家を見つけ、来年早々には東海岸に移る予定ですが、リロケーションが完了してからも、個人作業とミーティングのバランスをとり、メリハリをつけるためにも、オフィスに出社する日と自宅からリモートで働いく日を使い分けることになると思います。
コロナ禍が収まったら、日本へ帰国時にコワーキングスペースを利用して、日本からも問題なく働けるか、試してみたいと楽しみにしています。