雪兎だより
おさむくん、元気ですか。ぼくの今の暮らしを伝えようと、がんばってお手紙を書きました。君の住むところまでずいぶん遠いけど、ちゃんとこの手紙が届くといいなあ。
SFです。
おさむくん、お元気ですか?
ぼくは、元気です。
だけど、この手紙ほんとうに君に届くのかなあ? ぼくのいるところは、ずいぶん遠いから、ちゃんと届くのか心配です。でも、がんばって書くね。ぼくがどんなふうに毎日過ごしているか、知ってほしいから。
これは昨日の出来事です。
朝、外を見たら、夜中に雪がふっていたようです。真っ白な雪が、あたり一面にふりつもっていました。遠くの山も雪におおわれています。
ぼくは、防寒服を着て、外に出てみました。
足の下で、地面がパリパリというのが、わかりました。凍った土が割れたのでしょう。
家のまわりをぐるっと歩いたら、昨日まではなかったものを見つけました。
ふりつもった雪のなかに、盛り上がった白いかたまりです。
丸く盛り上がったかたまりのうえには、とがった三角形の突起が二つ、耳のようについています。
そして、まん丸の、赤い二つの宝石のような、きれいな目。
雪兎です。
雪兎が、ぼくらの家の前に、ぽつりと現れていました。
「たいへんだ!」
ぼくはあわてて、お父さんに報告するために、家にかけこみます。
「父さん!」
のんびりお茶を飲んでいた父さんは、ぼくをたしなめるような顔で、
「どうした、やすお、あわてるんじゃない。おちついて言ってみろ」
でも、ぼくが
「出た、家の前に、雪兎が出たよ!」
と息せきって言うと
「なにっ!」
お父さんも表情をかえました。
「ほんとうか?」
厳しい声でいい、防寒服の支度を始めました。
「むうっ、これは……」
外にでた父さんは、うめくように言いました。
「あっ」
父さんの後から景色をみたぼくも、驚いて声を出しました。
雪兎が。
百匹、千匹。いやもっと。
いつの間にか、家の前の雪原は、無数の雪兎にうめつくされていたのです。
「これはいかんぞ」
父さんが、居住区の人たちに、防災無線で連絡を始めます。
「緊急連絡、緊急連絡。雪兎出現! 出現地点は北北西だ!」
あちこちで、人々があわただしく動き始めました。
おさむくん、これはどうしてだか、わかりますか。
移住者のぼくらは、みんな知っています。
雪兎が現れると、たいていは、あれが来るからです。
雪兎はたぶん、あれから逃げているのだと思います。
ズウウウン!
ああ、やっぱり来ました。
ズウウウン!
大きな足音が、聞こえてきます。
氷の大地がゆれます。
そして、小山のかげから、ぬうっとその姿をあらわしたのは、見上げるばかりに大きな、雪だるま。巨大な二つの雪玉を、縦につみかさねた下に、鱗の生えた四本の足をもった、怪物です。上の雪玉には、真っ黒く丸い二つの目がついて、ぼくらを見下ろしています。その下からは、鼻なのかくちばしなのかよくわからないとんがったものが突き出しています。その怪物は、ずしん、ずしんとぼくらの家にむかって前進してくるのです。
「やっぱり、でやがった、でかい雪だるまだ、これはまずいぞ」
「退避だ、緊急避難! 緊急避難!」
居住区にサイレンが鳴り響きます。
父さんとぼくは、家に飛びこみました。
「母さん、逃げるぞ」
「ええ」
家では、すでに母さんが、操縦席についていました。
「さあ、ギヤを入れるわ」
母さんは操縦桿をにぎり、駆動機関をフル回転します。
エンジンが回転し、低いうなりをあげます。
ガクン、と部屋が大きくゆれ、そしてぼくらの家は、自走を始めました。
窓からのぞくと、集落の他の家も、いっせいに動き出しています。
あの巨大な雪だるまに、ぼくら移住者はなすすべがありません。
これまで、雪だるまをやっつけようとする試みは、ぜんぶ失敗におわりました。
しかし、わかったことがあります。
雪だるまは直進しかしないので、その進路から退避することさえできれば、無事にやりすごすことが可能なのです。それが、みんなの結論で、だから今は、ぼくらの家は、こうやっていつでも移動できるようになっています。
「いかん、山田さんちが」
父さんが声を上げました。
みると、山田さんの家が動きません。エンジンの不調なのか、家の下からもうもうと白い湯気をだすばかりで、家が移動をしないのです。
とうとう、山田さん一家は、家をあきらめ、飛び出して逃げていきます。
山田さんの家を、雪だるまがけちらします。
ぼくらがみんな避難した空き地を、雪だるまは直進していきました。
そして、その先の谷間にある、氷火山の溶岩に飲みこまれて、もがきながら溶けてしまいました。
雪だるまの最期をみとどけ、ぼくらの家はまた、もとどおりの場所に再集合しました。
けがをした人はいませんでした。
山田さん一家は、おとなりの家にしばらく間借りすることになりました。
どうですか、おさむくん。これがぼくらの毎日です。
氷の火山が噴火し、窒素の雪がふる平均気温マイナス230℃のこの惑星で、ぼくらはがんばっています。
できたら、そちらのようすも教えてください。
お手紙まっています。
やすお