あぶら人間、宗近君に学ぶ
夏目漱石の「虞美人草」に宗近君という人がいて、妹に縫ってもらった狐の皮のベストを着ているのだけど、これがすぐに汚れてしまって、もう寿命だといって妹に新しいのをねだる。
その襟の汚れを見た妹が「こないだ着始めたばかりなのにもうこんなに汚れて。兄さんはあぶらが多すぎるんですよ」というようなことをいう。
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私もガマの生まれ変わりとばかりにあぶらが体から放散している。
新卒の頃、徹夜で着替えもせず5日間働いていたことがあって、ふとシャツの袖を見たら油粘土のようなものがべっとりと固着していた。
寝不足でボーっとしていたのもあって、誰かがいたずらで、こっそりなすりつけたと思って、頭に血がのぼった。
バーンと激しく音を立てて勢いよく立ち上がり、
「誰だ、オレの袖に粘土なすったのは!!」
と怒鳴ろうとして、部屋には自分と上司しかいないことに気づき、我に返った。
これは油粘土ではなく己の垢だ。
急に立ったり座ったりして、上司には奇妙に見えただろう。
しかしなんとも立派な垢であった。
そのテクスチャーの見事さをつぶさに描写したいところだが、気分を害される方もありそうなので、自粛する。
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このような有様だから、セーターだのダウンだのというような洗いにくい素材は苦手であり、何でも丸洗いできたほうがいい。
とにかく頻繁な洗濯を要する。
だから宗近君に共感する。
宗近君はあぶらが多すぎるといわれても素知らぬふうで、ご機嫌取りに花見だの博覧会だのにつれていってあげるなどといって、新しいのを縫ってもらう約束を取りつけてしまう。
自分などは気にしいだから、「あぶらが多すぎる」などと面と向かっていわれたら、十年後も夢に見る。
現に学生のころ人に臭いといわれたことを今も思い出すことがある。
宗近君にならって、これからは磊落主義で行きたいものだ。
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