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われは鼠殺し

<閲覧注意>人によっては不快・ショッキングな話が含まれます

いつだったか、自分がまだ子供のころ、台所に鼠が出た。
地上に近い換気口のフタがとれて、その隙間から入ってくるようである。

フタをしめても、しばらくすると勝手に外れている。
鼠が外すのかもしれなかった。
だとすれば鼠のくせに力持ちだ。
足音はバタバタとうるさかった。
体が大きいのかもしれない。

鼠というのはふつう、夜中になって住民が寝静まってから行動するものと、私は考えていた。
学校で習った「アナトール工場こうばへ行く」でも、鼠のアナトールはチーズ工場が稼働していない時間に忍び込んでいた。

しかしこの鼠は大胆というか粗忽そこつというか、四六時中家を出入りする。
なにやら盛んに活動している。
姿はほとんど見えないが、足音から察するに、排水口にたまった残飯を漁っているようだ。

当時、我が家には室内犬がいた。
しかし本件については知らんぷりを決めている。
猫のようにはいかない。
他の家族は「なにやら困ったねえ」などといってのんびり飯を食っている。

私は神経質であり、潔癖の気味もあったので、自力で鼠退治をすることにした。

戦争は情報が命である。
私は鼠の状況を偵察することにした。
それで、前述のとおり侵入経路と、彼の目的地を発見せしめた。
また、敵はどうやら単独行動らしい。

さらに観察してわかったことは、彼は毎回同じ経路を通るということだった。
鼠は賢い。
ちゃんと道順を覚えているのである。
論理的な動物である。
しかしその論理性が命取りだ。

偵察の翌日、放課後にホームセンターで罠を購入した。
とりもちが塗られたボール紙である。
毒餌は危ない。
犬が食べてしまうかもしれない。

例の常習的通り道に罠を設置する。
ものの数分で下手人は捕らえられた。
足音の割に小さくてかわいい犯人だった。

ここからが問題である。
どうやって始末すればいいのだろうか。

鼠はとりもちに絡め取られて苦しんでいる。
このままほうっておくのは良くない。

私は意を決した。
ボール紙でできた罠を二つ折りにして、上から鼠を押しつぶした。
凄惨な様子であった。

実際のところどうしたら良かったのだろう。
あとで親に聞いたら、そういうときは水責めにするものだということだった。
鼠が入ったまま、罠をテープでぐるぐる巻きにして、翌日の燃えるゴミに出した。
もっとリスペクトのある弔い方をすればよかったかもしれない。

後味は悪かったが、私は戦争に勝ったのである。
私は内心得意だった。
正直、あざやかすぎる手並みであった。
いつでもかかってこいよ、鼠という気分になった。

現在でも私は、自分のことを密かに、鼠殺しと呼んでいる。
異世界に転生しても、ドラゴン殺しとか、ゾンビ殺しの人らとは仲良くできると思う。

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