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最強の男は食い物を育て始める

武蔵、千葉を耕す

吉川英治の描いた宮本武蔵は、修行の途中、なぜか農業を始める。
近隣住民がとめるのも聞かず、市川だか船橋だかの河原みたいな土地を耕すのだ。
嵐が来て、川が氾濫し、畑はもとの河原に戻ってしまう。
そんな挫折にもめげず畑を再建し、途中襲いかかってきた山賊も見事撃退する。

なんでそうまで苦労して農業なんぞやったのか、書いてあったはずだが、忘れてしまった。
たぶん、最強になるために必要だったのだろう。

武芸をきわめれば一対一ではたしかに最強になれるかもしれない。
でも、戦争など、一体多のシチュエーションでは負けるかもしれない。

それで京都の吉岡道場と戦争をおっぱじめて、一体多でも己が通用することを証明した。

しかし直接の戦いで最強になろうとも、食い物がなければ死んでしまう。
とすると、食い物を作っている人が真の最強になってしまう。

そこで最強の死角をなくすため、農業を始めたにちがいない。

刃牙もどこかを耕すはず

昔自分は「グラップラー刃牙」という漫画を読んでいて、これは範馬刃牙くんが最強の格闘家を目指す物語なのだけれども、彼の目標は父親より強くなることである。
そんな彼の父親の範馬勇次郎は、国より強くなって誰の指図もうけないことをモットーとしている。

範馬勇次郎は、吉岡道場と戦をしたころの宮本武蔵と同じところにいるわけだ。

範馬親子は作中よくメシを食っていて、食には並々ならぬ関心を寄せているから、おそらく彼らも農業ないし一次産業をやるだろう。
というか自分は最近読んでいないから知らないだけで、すでに農業しているかもしれない。

火炎放射に立ち向かう農民

むかし、沖縄の某島に旅行に行ったとき、おそらく個人の方が運営している戦争記念館をみつけた。
年代ごとに資料が整理されていて、戦前・戦中より戦後のほうが展示スペースが大きかった。

戦後の資料は米軍との闘争の歴史で、自分の土地を接収されて基地にされてしまった農民のみなさんが、「自分の土地に作物を植えてなにがわるい」とばかりに夜中基地に忍び込み、そこらにサトウキビを植えて帰ってくる。
それからも夜中しのんでいってサトウキビを育てるのだが、成長してくると、さすがに米兵も気づいて、「なんだ、基地の中にサトウキビが育ってんぞ」となる。
米兵は草を刈らずに火炎放射で燃やすのである。

丹精込めて作ったサトウキビが火炎放射で焼き払われるのを、農民のみなさんは金網越しに眺めているしかない。
普通だったら落ち込んでしまいそうだが、彼らはより闘志を燃やして、また焼け跡に夜中サトウキビを植えに行くのである。

そういう展示だったと思う。

焦げた服なんかも展示されていて、きっと戦中に大砲とか銃でやられたんだな… と思ったら、戦後に火炎放射のとばっちりでついた焦げですと書いてあった。
サトウキビが燃やされるのを黙ってみておれなくなって、金網を乗り越え兵隊に向かって行ったのかもしれない。
大変危険であるし、撃たれても仕方ない気がするが、気持ちはわかる。

先ほどの宮本武蔵の例にもあるとおり、最強の人間とは、自分の食い物の世話は自分でできる者のことである。
サトウキビを植える農民のごとく、私もそこらに勝手に芋など植えて、それで生活できる人間になりたいものだ。