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生命の起源:相互調整の原理

生命の起源について考えることは、生物を構成する化学物質や化学反応について考えることだけではありません。無生物である化学物質が組み合わされて、生物という複雑なシステムがどのように生み出されたのかを考えることです。

このように部品だけを見ていては予測できないような特別な性質をシステム全体が持つことは、創発現象と呼ばれています。

私は生命の起源について考える中で、創発現象の根底には、相互調整の原理があるということに気がつきました。

相互調整は、複数の要素が時間と共に相互作用して調整されていく現象を指します。調整の結果として、相互調整はより安定し、変化に対して頑強になります。

この記事では、相互調整の原理について説明したいと思います。

■相互調整の事例

宇宙の様々な定数の微調整問題は、相互調整によるものだと考えられます。これらは不変の定数に見えますが、それは相互調整がうまく機能した結果だと考えることができます。

原子は素粒子の集まりですが、それらも相互調整により安定しています。分子も相互調整によって原子が結合したものです。

生命の起源も相互調整の複合的な進化として捉えることができます。様々な化学物質の反応の連鎖が、相互調整によって安定しつつ変化に対して頑強になることで、それが基盤となってまた新しい化学物質の反応の連鎖が生じます。

これが並行して実行されながら繰り返されることで、化学物質の反応の連鎖ネットワーク全体がマクロな相互調整を形成し、それが生物へとつながります。

生物の生態系も、共進化の形でまさに相互調整を体現しています。

脳が外界を認識することも、脳内の概念と対象物が相互調整によって結びついた結果と言えます。また、身体や対象を的確に制御する能力も、制御方法という暗黙知と身体や対象の振る舞いが相互調整により一致することで獲得されます。

認識や制御の延長線上には、科学や技術があります。これらもより高度な知的相互調整によって確立され、進化しています。

経済の事例を考えると、通貨の金本位制の解消や、自由市場経済における需要と供給による価格調整に見られます。為替レートの決定や価格調整は、相互調整の典型例です。

■相互調整への還元

通常、私たちは物事を分析する際に、小さな要素に分解して理解します。

この分解する際に、相互調整が頭の中から消えてしまうと、対象の動的な性質や複雑さが損なわれてしまい、分析の質が低下してしまいます。

これが一般的な要素還元的な思考方法の問題点です。

しかし、複雑な対象を分解せずに理解することは困難ですので、還元的な思考は有効です。問題は要素に着目して、相互調整を見失ってしまうことです。

このため、還元的な分解をする際に、要素だけでなくその要素を結びつけている相互調整も分析の対象に含めれば良いのです。このような分析方法を、私は相互調整還元論として提案しています。

相互調整還元論では、関係は要素を結びつけているだけの脇役ではありません。関係は相互調整として動的に存在する主役です。

■水平観点と垂直観点

先ほど挙げた例は、同じレベルや同じスケールでの相互調整の例でした。これは水平観点での関係の分析です。

一方で、異なるレベルやスケールでも相互調整は機能します。要素の粒度のスケールが異なっていても、同じ範囲のスコープで捉えれば、要素全体同士は相互作用するためです。

分かりやすい例は、地球環境と単細胞生物です。地球環境は細胞生物に影響を与えますが、細胞生物は地球環境に影響を与えないように思えます。しかし、地球全体に広がった細胞生物は、地球の大気組成を変えてしまいます。

このような形で異なるレベルやスケールでも、相互調整は生じます。これは垂直観点での関係の分析です。

相互調整還元論は、このように複数の観点を意識的に使い分けて、複雑な対象を分解することができます。

■相互調整の世界像

要素だけでなく関係に着目するという考え方は、一般的には全体論やシステム理論、あるいは複雑系理論に見られます。

しかし、これらは要素に分解せずに全体を捉えることを強調するため、還元論的なアプローチを避ける傾向があります。このため抽象的な分析に留まることがあります。

相互調整還元論は、対象を関係に分解することで、抽象的な分析ではなく還元論の明確さで対象を分解するアプローチを採ります。

また、相互調整還元論は、単に関係に着目するわけではありません。関係の中でも、相互調整に焦点を絞ります。

相互調整は、相互作用の一種であり、フィードバックループの一種です。しかし、他の種類の相互作用やフィードバックループよりも、相互調整は特別であり重要です。

なぜなら、相互調整は安定することで、抽象的な関係から具体的な存在を出現させるためです。

また、相互調整は安定することで固定的で静的な存在を出現させるだけでなく、柔軟で動的な存在を出現させることができます。原子や分子は前者であり、生物は後者の例です。

これらは一見全く異なる原理に基づいているように思えますが、相互調整という視点から見ると同じ原理が働いていることが分かります。

■相互調整による進化

相互調整は、それ自体が関係する要素の安定化への進化です。

安定化した相互調整は新たな安定した要素の出現を意味します。そして新たな要素が偶発的に他の要素と組み合わせることで、新たな相互調整が始まることがあります。

つまり、以下のプロセスが組み合わさることで、相互調整の側面から進化を説明することができます。

1.偶発な要素の組み合わせ
2.組み合わせに依存した相互調整の開始
3.相互調整の結果として新たな要素の出現

この中には、水平観点の相互調整だけでなく、垂直観点の相互調整も含まれます。

このようにして相互調整が重層的かつ多面的に協調し合うことで、中心にある要素や相互調整は非常に高い安定性を獲得します。一方で要素が増加する度に新しい相互調整の組み合わせの可能性が増加します。

このため、偶発な要素の組み合わせというダイナミクスが停止することがない限り、相互調整による進化は水平観点だけでなく垂直方向にも進行し続けることになります。

■アルゴリズムによる形式化

このプロセスは、相互調整による進化をアルゴリズムとして形式化しています。このアルゴリズムはフレームワークになっており、より具体的な振る舞いは個々の要素やレベルによって決まります。つまり、具体化したアルゴリズムを当てはめていくことで、シミュレーションが可能になります。

従来、物理的な振る舞いを形式化する場合、数式で表現されてきました。しかし、相互調整による進化は、数式ではなくアルゴリズムで表現する方が適しています。

また、従来の数式による形式化では、ボトムアップのアプローチで組み合わせて解析やシミュレーションが可能です。一方で相互調整による進化のアルゴリズムは、トップダウンのフレームワークになっています。

これにより、要素やレベルごとの具体的なアルゴリズムが明確でなくても、全体の傾向を把握することが可能です。

先ほどのプロセスが継続するとどうなるか、考えてみてください。相互調整の開始と要素の出現が繰り返されることで、進化が進むことが分かります。

そして、実際に私たちが理解している宇宙の成り立ちや星の形成、量子から素粒子、原子、分子の形成、生物の誕生は、全てこのシンプルなアルゴリズムで概観することができます。さらに、知能の発達、社会の形成、文化、技術、経済の発展に至るまで、この視点はつながっていきます。

■さいごに

冒頭に述べたように、相互調整の原理により創発現象が生じます。

これは生命の起源を説明するためだけでなく、あらゆる創発現象を説明する原理になると考えています。また、あらゆる要素の成り立ちには相互調整の原理が働いていることが分かります。したがって、要素還元の過程で、全ての要素は相互調整の原理に基づく創発現象によって出現していることになります。

これは大胆な理屈に思えるかもしれませんが、様々な物事について考えてみると、この理屈への反論が難しいことに気がつきます。そして、一度このように考え始めると、相互調整の原理を無視して考えることが難しくなっていきます。

これは一見すると突飛なアイデアに思えるこの主張が、既に私たちが観察して理解している物事に含まれていることを意味します。その存在を、はっきりと認識してなかった、あるいはそこに焦点を当てていなかっただけに過ぎないことが分かります。

私は、何か全く新しいことを述べているわけではありません。ただ、そこにあって見落とされているものに、相互調整という名前をつけて、焦点が当たるようにしているに過ぎません。

そして、この焦点化により、様々な物事を新鮮な目で見つめることができ、そこに見落とされていた発見があることを主張しているのです。

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katoshi
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