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生命の起源の仮説:生態系的システム理論からのアプローチ
はじめに
生態系的システム理論の観点から、生命の起源についての仮説を考えています。この中では、下記の「生態系的システムの一般理論」で提示した用語を使っています。
1.概要
生物の生態系のように、構成要素が自律的に自己組織化して、複雑で高度なダイナミズムを持つシステムを作り出すような仕組みについて「生態系的システムの一般理論」で理論化を試みてきました。本論では、有機物の生態系的システムを仮定し、生態系的システムの一般理論の思考フレームワークを使って、有機物から細胞生物が誕生するまでの発展過程を整理することで、生物の起源についての仮説を立てることを試みました。
第2章では、基本概念として、有機物の生態系的システムの構成要素と性質、そして発展過程で現れる重要なイノベーションについて、一般理論に沿って説明します。第3章では、この基本概念と一般理論における生態系的システムの発展過程をなぞる形で、有機物から細胞生物が誕生するまでの過程を説明します。
2.概念整理
2.1.構成要素
生態系的システム理論の用語との対応付けながら構成要素を整理します。
エネルギー :地熱エネルギー、太陽光、等
エンティティ:有機物
プロセス :化学合成や発熱反応など、化学反応の連鎖
器 :地球上の水が溜まっている場所や、鉱物表面
2.2.性質
生態系的システム理論にて「繁栄する」ために重要とされる性質を、上記の構成要素が持っていることを説明します。
再生産性
基本的な有機物は再生産可能(ミラーの実験)
有機物が触媒として作用する化学反応の連鎖により、複雑な有機物であっても再生産可能
循環性
化学反応の連鎖は循環可能(代謝経路上の回路、振動等)
変異性
化学反応の連鎖により新しい有機物が生み出される
新しい有機物が生み出されたり、空間上でこれらが組み合わさることで、新しい化学反応の連鎖が生み出される
多様性
有機物は長鎖構造を取ることができ、事実上、無限の多様性を持ち得る
この無限の長鎖構造の組み合わせにより、事実上、化学反応の連鎖も無限の多様性を持ち得る
供給性
地熱や太陽光など外部からエネルギーの供給を受け続けることが可能
複数の器とコンジャンクション
水たまりや鉱物表面は地球上に無数に存在し、気象現象による水の循環により、水たまりや鉱物表面の有機物は混ざり合ったり移動したりすることが可能
3.3.イノベーション
生態系的システム理論にて説明したイノベーションについても整理します。有機物から細胞生物が登場するまでに現れた重要なイノベーションを挙げます。
発明
小胞や細胞膜などの膜
自己複製可能な遺伝子
リファクタリング
小胞や細胞膜などの膜で有機物群を包むことでカプセル化
有機物群の安定性が高まって寿命が延びるとともに、特定の化学反応の連鎖を精度良く繰り返し駆動できるようになった
これにより、長鎖の有機物と長い化学反応の連鎖が安定的に再生産できるようになった
これにより大規模で複雑な化学反応の連鎖が可能になり、システムとしての拡張性を獲得した
有機物群の可搬性が高まり、水の循環によるコンジャンクションが発生しやすくなった
創発
遺伝子が以下の機能を獲得したことで細胞生物が登場し、生物の生態系的システムが生み出された
自己複製後に、再度自己複製をするために必要な有機物やエネルギーを集めるために必要な有機物群を生成可能
細胞膜を生成可能
3.発展過程
生態系的システム理論における発展過程を踏まえて、第2章で整理した概念を用いて有機物から細胞生物が誕生するまでの発展過程を説明します。
3.1.発展過程の全体像
有機物が凝集した器が生成され、細胞生物が創発されるまでの過程を説明します。
器の発現
大気中、深海熱水孔周辺、鉱物表面に有機物が生成され、その生成された付近や、水の循環によって移動して、特定の範囲の水中に濃度の高い有機のスープが発現した
プロセスの駆動とエンティティの変異
有機のスープに地熱や太陽光によりエネルギーが供給され、化学反応の連鎖が駆動した。これにより新しい有機物が生成され、その有機物が新しい化学反応の連鎖を引き起こすということが繰り返された
プロセスのループ
多様な有機物が有機のスープの中で生成されたことで、ループ構造をもつ化学反応の連鎖が駆動されるようになった。
これにより、長鎖の有機物が生成されるようになった。また、この長鎖の有機物を触媒や資源として、より長く複雑な化学反応の連鎖も駆動されるようになった。
発明とリファクタリング
小胞や細胞膜が発明され、有機物のカプセル化が行われるようになった
第2章で説明したように、これによりより長鎖の有機物、より長い化学反応の連鎖を実現可能になり、かつ、水の循環による有機物群の移動も安定的に行われるようになり、より高いコンジャンクションの効果を得ることができるようになった
自己複製可能な遺伝子
これにより、別の有機物群に頼らなくても、有機物群から同じ有機物群を再生産することが可能になった
また、ネズミ算式の再生産が可能になり、特定の有機物の再生産速度が劇的に加速した
創発
初期の遺伝子は、初期は自分自身をコピーする構造を持つだけに過ぎず、自発的に増えていくことはできなかった。偶発的にコピーに必要なエネルギーと有機物が周囲から与えられることで、自己複製をおこなっていた
自己複製を繰り返す過程で変異が発生し、自己複製をするためのエネルギーや有機物を集めやすいものが生き残る形で進化し、次々と機能を獲得していった
やがて、自己複製をするためのエネルギーや有機物を集めるために必要となる有機物群を生成する機能を持つようになり、加えて、自らを細胞膜で包む機能を獲得した
こうして、最初の細胞生物が誕生した。
3.2.発展過程の補足
3.1.節で記載した過程を経るには、以下の3つの仮定を置く必要がありました。
自然淘汰仮定
化学反応の連鎖にも、自然淘汰が働く場合がある
多様性仮定
発展過程のどの段階においても、特定の有機物が支配的にならず多様性を持つ
生態系仮定
有機物と化学反応の連鎖が、全体として調和のとれた豊かな多様性と高度な進化を遂げ、生態系的ステムへと発展する
補足:長くなるためここではこの3つの仮定についての解釈は詳述しません。以下の記事の後半部分に以前考えていた内容を記載しています。
また、ここで説明した生命の起源の仮説が、これまで議論されてこなかった背景には、以下の4つの盲点があったのではないかと考えています。
盲点1:現在の地球では生命の誕生しないしその予兆も観察されない。したがって、奇跡的な偶然に頼るか、地球外からの飛来でしか説明ができない
本仮説に従えば、細胞生物以前の有機物と連鎖反応と同じ仕組みを細胞生物が採用しているため、細胞生物登場以降にはこれらは淘汰され、かつ、再登場しようとしても細胞生物に邪魔をされて発展をすることができない。このため、生命の誕生も予兆も、現在は観察できないと考えることができます。
盲点2:遺伝子は細胞膜で包まれていないと自己複製できない
本仮説に従えば、基本的な遺伝子が登場した時、その周辺には豊かな有機物の生態系が構築されています。このため、本文でも説明したように、細胞膜に包まれる以前の状態でも偶発的とは言えある程度の確率で自己複製できたと考えることができます。水たまり全体が、現在の細胞の中の状態のようになっていた、と考えるとわかりやすいかもしれません。
盲点3:遺伝子を含まずに細胞膜で有機物群を包んでも生存できない。このため、例え細胞膜で包まれた有機物群が発生してもすぐに消えてしまい、生命誕生のきっかけにはならない
本仮説に従えば、細胞膜で包まれた有機物群は、豊かな有機物の生態系の中で発生しました。このため、自己複製はできないとしても、別の有機物群から再生成され続けることができます。そして、本文でも説明した通り、細胞膜で包まれた有機物群は、有機物の生態系の中では画期的なイノベーションであり、この仕組みは淘汰されずにむしろ有機物の生態系の中に強く適応していき、必要不可欠な存在になっていったと考えらえます。
盲点4:自己複製ができなければ、進化や生態系的システムの発生や繁栄は起きない
本仮説に従えば、エネルギーが供給され、基本的な有機物が生産される環境があれば、そこから多様な有機物が形成され得ます。また、遺伝子に頼らずとも新しい有機物の形成や組み合わせの変化により変異は発生し、進化的な現象も発生します。そして、イノベーションとコンジャンクションの繰り返しの中で、非線形な進化が起き、豊かな生態系的システムが形成されていくと考えられます。
3.3.カプセル化に関する補足
リファクタリングとして、小胞や細胞膜で有機物群を包むというカプセル化を挙げました。このカプセル化の効果については、上に書き切れていなかった別の側面があります。
膜で包むことにより、有機物群を凝集する小さな空間を作ることができたわけですが、これは、新しいタイプの器が形成されたことに他なりません。
つまり、カプセル化のイノベーションが起こったことで、それまで水たまりや鉱物の表面といった、地球の地形を利用した器を使っていた時代から、膜に包まれた有機物群というシステムが生み出すことができ、かつごくごく小さい器を、無数に作ることができるようになったと考える事ができます。
これにより、器の数が爆発します。そして、膜は有機物を出し入れすることができますし、場合によっては膜が破れて水たまりとも入り交じりますので、コンジャンクションもできることになります。器の数が爆発したということはコンジャンクションによる入り交じりの機会も当然増大したと考えられます。
まとめ
生態系的システム理論により、有機物から細胞生物、細胞生物から人間、そして人間から社会、という地球の歴史を、一つなぎで説明することができるようになりました。もちろん、本論は現時点ではあくまで仮説にすぎませんが、今後研究が進むことで、この仮説を支持するような知見が見つかることに期待しています。
また、生態系的システム理論のフレームワークを具体的な分野に適用して考える例を提示することができました。今後、生態系的システムの性質を持つと考えられる他のシステムにも、このフレームワークを適用することで、新しい視点や発見が得られる可能性が開けてきたと著者自身は考えています。
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