リンク、反復、条件分岐:複雑なシステムの構成要素
科学は物事を要素に分解し、法則を数式に表現することで、非常に多くのことを厳密に理解できるようにしてきました。科学的な理解に基づいて技術は進歩し、社会は豊かさを手に入れることができるようになりました。
一方で、現在の科学でも、理解することが難しい問題も多くあります。その中の1つが生命の起源です。
生命は複雑なシステムです。それがどのようにして地球上に現れたのかについては何十年にもわたって研究されています。
私はシステムアーキテクトとしての経験を持っており、生命の起源についてシステムアーキテクチャの観点から個人研究をしています。その中で分かってきたことは、現在の科学的なアプローチは、物質的な要素に対象を分解したり、数式や化学式で法則を表現することは得意ですが、複雑なシステムを扱うことが苦手であることが分かります。
複雑なシステムは、複雑系科学やシステム理論で研究されています。ただし、私はこれらの理論が複雑なシステムの構成要素について的確に言及できていないのではないかと考えています。
複雑なシステムの構成要素は、物質的な要素と数式で表現できる法則に、次の要素を加える必要があります。それは、リンク、反復、条件分岐です。
分析すべき構成要素を物質的な要素と法則のみだと思い込んでいると、これらを分析に組み込むことを忘れたり、見逃したりします。このため、分析した要素を全て足し合わせても、全体を適切に理解することができません。しかし、これらの構成要素に分解して分析に組み入れることができれば、それを組み合わせて全体を理解することができます。
■生命の起源
このことを示すために、生命の起源について概説します。
生命の起源は、地球上で化学物質同士が反応した結果、新しい化学物質が生成され、それが繰り返されることで化学物質と反応のバリエーションが増加しつつ、それらが統合されることで生物が誕生したという化学進化と呼ばれる現象で説明されます。
ただし、生物を構成する化学物質の複雑さと反応の組合せの複雑さを考えると、偶然の確率だけでは生物が誕生することはできません。このため、問題は、化学進化によってシンプルな化学物質から非常に複雑なシステムである生物が、どのようにして誕生し得たのかということです。
■生命の起源における反復
ここでまず重要になるのが反復です。生物の主要なメカニズムを決定付けている化学物質は、DNA,RNA,タンパク質ですが、これらは全てモノマーと呼ばれる化学物質が鎖状につながったポリマーという形状をしています。ポリマーはモノマーを反復的に結合することで合成することができます。この際、結合のメカニズムはポリマーが長くなっても同じメカニズムですので、1つ1つ反復的に結合すれば、事実上非常に長いポリマーの合成可能です。
ただし、ポリマーの結合部分は紫外線や熱によって分解される可能性があります。ポリマーが長くなればなるほど結合部分の数が増えるため、ポリマーは長さに応じて維持できる時間が短くなります。このため、自然状態では生物が持っているような非常に長いポリマーが維持されることはありません。
■生命の起源における条件分岐
そこで重要になるのが条件分岐です。ポリマーを構成するモノマーの配列に応じて、タンパク質やRNAは様々な触媒能力を持ちます。触媒とは、特定の化学反応を起こりやすくなるように手助けをする能力です。同じ長さのポリマーであっても、構成しているモノマーの配置が異なれば、異なる触媒能力を持つことになります。
この触媒能力の種類に応じて、どのような化学反応を促進するかは変化します。ここに、条件分岐があります。ポリマーの配列という条件に応じて、結果が大きく異なるのです。
そして、触媒能力によって生成された化学物質が、ポリマーの合成を促進したり破損を防ぐ性質など、ポリマーの長さや数を増やしたり維持したりする効果を持つと、そこにフィードバックループが生じます。このフィードバックループが多数発生することで、より合成して維持できるポリマーの長さや数は増えていきます。
■生命の起源におけるリンク
加えて、化学進化は地球上の水が蓄えられた容器の中で進行したと考えられています。1つの容器だけでは化学進化が途中で停滞したり、途中まで進行していても不慮のトラブルにより進化がリセットされる恐れが高いと言えます。そのため、できるだけ沢山の容器で進行した方が成功確率は高くなることは自明です。加えて、それぞれの容器の化学環境条件に多様性があった方が、より成功確率が向上するでしょう。
それでも、個々の容器が独立していれば、全ての容器で化学進化が停滞したり、繰り返しリセットされてしまい、
全体として化学進化が行き詰る可能性は依然高いままです。
ここでリンクが重要になります。各容器が接続され、その間を化学物質が移動することで、新しい化学物質同士が出会い、新しい反応が発生する可能性が高まります。
これにより、化学進化が停滞せずに進行しやすくなります。かつ、ある容器で多数生成された化学物質が別の容器に分散されることで、化学進化の成果が共有され、不慮のトラブルに対する耐性が高くなります。さらに、容器間のリンクが循環構造を持っていれば、複数の容器に分散した化学物質がフィードバックループを形成する可能性があり、それも複数の容器によって冗長構成を取ることもできます。
このように、容器同士がリンクすることで、化学進化に大きなメリットが生まれます。化学進化が停滞せずに進行する可能性が飛躍的に向上するだけでなく、部分的にトラブルがあっても、化学進化の成果がリセットされる可能性が非常に低くなります。これにより、一歩一歩着実に階段を上るように、時間と共に安定して化学進化が進行できるようになります。
■既存の仮説との比較
ここで概説した生命の起源のメカニズムは、仮説であることには違いはありません。しかし、既存の生命の起源とは異なる非常に優位な位置にあります。それは、この生命の起源のメカニズムは、基本的に既存の生命の起源の仮説を内包することが可能であるためです。
例えば、ある特定の環境で生物が誕生したという仮説は、ここで説明した容器が1つだけだったというモデルです。また、特定の化学物質が中心になって生物が誕生したという仮説は、ここで説明した化学物質が特定の種類であったというモデルです。
従って、既存の仮説が事実だったとしても、ここで説明したモデルが否定されるわけではありません。このモデルの枠組みの中で、特定の場所や化学物質が主役だったということになります。
一方で、既存の仮説は、今のところ生物の誕生を再現することに成功していませんし、生命の複雑さを再現するにはまだ遠い状況にあります。加えて、これらの限定された仮説には、それぞれ一長一短があり、説明できないミッシングリンクが存在しています。
ここで示したモデルは、これらの仮説を同時並行で包含することもできます。これにより個別の仮説では説明が難しいことも、容器や化学物質の連携により説明が容易になります。
さらに、仮説同士のもっともらしさを比較すると、単一の場所での化学進化の進行が上手くいく可能性や、特定の化学物質だけを中心にした化学進化の進行が上手く行く可能性と、地球上の全ての海、湖、池にある全ての種類の化学物質による化学進化の進行の成功の可能性を比較することになります。
容器の数の差、利用できる化学物質の数と種類と組合せの差、そして途中でリセットされずに化学進化が着実に一歩ずつ進行できることによる差を勘案すると、数倍の差では済みません。先日、ChatGPT-4oを使って概算を試みたところ、10^13倍から10^20倍程度の差があるという結果でした。
つまり、ほとんど比較にならないほど、ここで説明した包括的なモデルの方が、化学進化の成功確率が高いということです。
■さいごに:複雑なシステムの分析
生命の起源の研究は、非常に複雑なシステムの分析をすることを意味します。そして、既存の研究では、私がここで概説した単純な化学進化のモデルは示されていません。
そして、このモデルは、私が複雑なシステムの構成要素として分析に加える必要があるとして挙げたリンク、反復、条件分岐に基づいています。
つまり、生命の起源について考えた時に、そこに登場する物理的な要素と数式だけでなく、リンク、反復、条件分岐を的確に把握し、それを組み立てることができれば、このような包括的なモデルを考案して理解することができるということです。
このように生命の起源という複雑なシステムを上手く分析できたということは、複雑なシステムの構成要素が物理的な要素と数式に加えて、リンク、反復、条件分岐であるという私の主張を裏付けています。また、これらの要素を分析して組み上げれば、要素の合計が全体に等しくなるという私の主張の裏付けでもあります。
これは伝統的な還元主義も、その弱点を指摘している複雑系科学やシステム理論の弱点を補うことができるアプローチです。
加えて、長年、科学として研究されてきた生命の起源において、こうしたモデルが考案されていないという事実は、科学が複雑なシステムを扱うことが苦手だという私の主張を証明しています。