Web4のコンセプトを考える:リエゾンとエージェント
Web3という言葉が一時期バズワードのようにして流行しました。Web3と関連の深い暗号通貨の価格が大きく下がった事と、他のバズワードに流されて、最近はニュースでは目にする機会は少なくなりましたが、現在もWeb3の概念やサービスは普及の過程にあり、技術的にも進化の最中にあります。
一方で、Web4という言葉も話題に上がりつつあります。特に欧州委員会でWeb4の概念が提唱されたという背景もあるようです。
まだWeb4というものの具体的な姿はありませんし、元々、コンセプトや可能性を指す言葉です。そこで、あくまで私の個人的な理解に基づいてWebという概念と歴史について振り返りつつ、私なりのWeb4のコンセプトを考えてみたいと思います。
■Webの概念
インターネットとWebという言葉は似ているように感じられるかもしれませんが、少し異なる意味を持っています。
インターネット(The Internet)という言葉は、純粋な技術用語としては、私たちがこうしてblogを公開したり閲覧したり、SNSや動画配信サービスなどを利用する際に使っている通信ネットワークの事を指しています。
それが一般用語としては、インターネット上のサービス全般や、そこでのコミュニケーション活動や文化などを包括的に指す言葉として使われています。
Webという言葉は、World Wide Webの省略形として使われています。以前はホームページのURLの先頭にwwwが付いているのを見かけることが多かったと思いますが、これはWorld Wide Webの頭文字を取っています。wwwでは言葉で発すると長いため、Webと略すことが一般的になったのだと思います。
技術的にはインターネットは通信ネットワークを意味するのに対して、Webは技術的には曖昧で広い対象を指す言葉です。通信ネットワークとしてインターネットが基盤として存在していることを前提に、その上で主にWebブラウザとWebサーバによって提供されている機能やサービスに使われる共通技術全般を指していると考えるのが良さそうです。
一般用語としてのWebは、同様にWebブラウザとWebサーバを使って実現されているサービスや、そこで行われているコミュニケーション活動や文化などを指していると言えるでしょう。
このため、基本的にはWebは専用のアプリではなくWebブラウザ上の技術やサービスを指します。そして、手元のPCやスマホなどクライアント側だけに閉じた技術や、データセンターにあるサーバやクラウドなどの側に偏った部分の技術はWebの中心ではありません。また、共通技術でありアプリケーションに偏った部分もWebの本質ではありません。
もちろん、広義に捉えればその範囲には留まりませんが、あくまで中心にはWebブラウザとWebサーバの構成があり、それを中心とした技術や概念という事になります。
■Webの社会的機能の進化
Webは進化と共に、社会的な共通機能を提供してきました。
Web1はホームページによる個人による情報の発信の機能です。マスメディアでしか困難だった情報発信が、個人でも容易に行えるようになりました。
Web2はSNSによる個人間の双方向の遠隔コミュニケーションの機能です。郵便や電話のような比較的コストが高く、アナログなデバイスを使用していた個人間の遠隔コミュニケーションが、低コストでデジタルなデバイスで実現できるようになりました。
Web3は非中央集権化による情報の管理、そしてインフラやシステムの実現の機能です。簡潔に言えば、インターネット上の様々なサービスを、大きなIT企業に頼ることなく実現できるということです。この機能の価値は、個人の自由やプライバシーが保障されており、大きな企業が倫理的に行動する傾向のある社会に住んでいると感じにくいかもしれません。
インターネット上の各種サービスを提供している企業が、私たちの情報を悪用したり、あるいは偏った情報を流していたりすることを仮に想定した場合には、Web3の非中央集権化機能は大きな意味を持ちます。
ただし、私自身は、Web3という技術によりこうした誤用や悪用を防ぐことが、必ずしもこれらの問題の最適な解決法と考えているわけではありません。それらはインターネットの外側にも存在するため、社会的に解決する方が良い問題も多く含まれているためです。ただ、選択肢は多い方が好ましいため、社会制度と技術の両方をベストミックスしていくことになるのだと思います。
Web1からWeb3までの社会的機能は、私たちが行っているコミュニケーションや情報発信に使用できる媒体を提供するというものでした。安価で手軽、広範で安全なコミュニケーションを可能にするというものです。
■Web4が目指すべきリエゾンの機能
ではWeb4の社会的機能はどのようなものになるかと考えた時、そのキーワードは、私はリエゾン機能だと思います。
リエゾンとは、個人や集団間に乖離や障壁がある時、その間を積極的に取り持ってスムースで良好な関係の構築を促進する役割を指します。
Web4は、リエゾンの機能を社会に提供することを目指すべきですし、それは昨今のテクノロジによって実現可能だと考えられるためです。そして、現代社会は、そのようなWeb4の姿を待ち望んでいると思うのです。
このリエゾンとしてのWebには3つの側面があります。
1番目は、自動翻訳技術や自然言語処理AI技術による言語の壁がなくなるという姿です。これは単に言葉を翻訳するだけでなく、専門分野や文化や慣習や考え方の壁を超えるという意味も含めて、リエゾンとしての役割をWebが担うというビジョンです。
2番目は、より積極的なリエゾンです。関連性の高い研究をしている人同士を結びつけたり、口論が起きにくくなるように調整したり、人間関係の能動的な潤滑油としてのWebの姿が想起されます。
3番目の点は、人と技術とのリエゾンです。Web3は複雑で気軽に試せるわけではありませんでした。また、様々な技術や社会制度も複雑で、個々の詳細を把握するのは個人では難しい面があります。
会話型のAIや、直観的で理解しやすさを、重視した技術により、多くの人にとって使いやすく、高度なことも試せるような基盤としてWeb4の姿が描けるでしょう。
■Web4を実現するための技術
これらのリエゾンとしてコアとなる技術は自然言語処理AIです。昨今の大規模言語モデルにより高度な自然言語処理が可能になった会話型AIの登場は、リエゾンとしてのWeb4の姿を具体的にイメージ可能にします。
ここで、AI技術はリエゾンとしてのコアの機能を担いますが、それを社会に広く提供するためにWeb技術の進化も必要です。その技術進化がWeb4の技術面での本質になるはずです。
AIがリエゾンとして社会に組み込まれるためには、私たちの手元にあるデバイスやデータセンター内のクラウドサーバ内に、様々なリエゾンの役割を担う多様なAIをエージェントとして動作させることが必要です。
そして、それらのAIが私たちとコミュニケートしたり、私たちの活動をAIが自然にサポートしたり、AI同士が連携したりすることができる共通機能が必要になるはずです。その共通機能上で様々なAIエージェントを開発、提供、導入、利用できる、それが私が思い描くWeb4の技術的な姿です。
■エージェントのイメージ
このように、Web4の技術面でのキーワードは、エージェントだと思います。
現在もボットと呼ばれるプログラムが、インターネット上で活動しています。しかし、ボットはネットワークやサーバに大きな負荷をかけたり、不正行為やスパム行為に使用されたりすることも少なくないため、あまり良い印象は持たれていません。
こうしたネガティブなイメージや問題のある使用方法を抑止し、かつ、誰もが簡単に思い通りに使いこなすことができれば、ボットを始めとするエージェントは、非常に便利なものになるはずです。
自然言語で指示を出すことができる言語AIが登場したことで、エージェントを誰もが思い通りに使いこなすことができる道が開けました。今のチャット型のAIは、こちらからのメッセージにただ回答するだけであり、エージェント的な動作は行いません。
しかし技術的には、指示を受けて、バックグラウンドで動作し続け、指示された処理を継続するようなプログラムを作る事自体は、さほど難しいものではありません。それをAIと連携させれば、簡易的なAIエージェントは出来上がります。
■エージェントの技術課題
では簡単に多数のAIエージェントを現在のインターネット環境に組み込むことができるかと言うと、そこにはコストやインフラ的な問題があります。
まず多数のエージェントが自律的に動作することで、ネットワークやサーバに大きな負荷がかかってしまうと、コストが膨大になったりインフラのキャパシティが溢れて障害につながる恐れがあります。
人間がインターネットを使用している場合、同時に多数のサーバにアクセスしたとしても限度がありますし、アクセス頻度もそれほど多くありません。しかしエージェントは自動実行されるプログラムですので、やろうと思えば1台のコンピュータで人間の何万倍もの通信や負荷をネットワークやサーバに与えるような処理を行う事が可能です。
それをインターネット利用者の全員が行えば、あっという間にインターネットは大渋滞を引き起こし、ほとんどの機能が使えなくなります。
このため、多数のエージェントによる通信を考慮し、負荷やセキュリティの問題に対処できる通信プロトコルや通信管理の仕組みが必要です。
また、安心してエージェントを実行させることができるようなエージェントの信頼性を高める技術が必要です。
■技術課題への対応のアイデア
エージェント時代に適した通信プロトコルや通信管理の仕組みについては、私は個人研究としてASOS(ASynchronous Object System)というプロトコルの設計に取り組んでいます。
ASOSは超多数の自律エージェントによる情報収集やエージェント同士の通信に必要なメッセージ量を最小化しつつ、セキュアかつ通信量の制限や課金管理ができるシステムを実現するためのWebプロトコルを目指しています。
エージェントの信頼性については、メタエージェントという考え方を構想しています。
Web3のような非中央集権的な仕組みでオープンに多数の人から正当性の検証結果を集めることで保証を積み上げることを可能にした上で、それにより検証された超高信頼のAIエージェントを作るというアイデアです。その信頼性の高いAIエージェントがメタエージェントです。
メタエージェントによって、その他の通常のエージェントのソースコードや動作検証を行わせることで、エージェントの動作が意図した物であり、かつ悪意や脆弱性が混入していないことを検証します。これにより、技術的な知識や検証の負担なしに、私たちは自由に公開されているエージェントを利用することができるようになります。また、エージェント開発者もどんどん新しいエージェントを開発して、自由に公開できるようになります。
こうして、エージェントによる負荷の量を適正化する仕組みや、エージェントを安心して使えるような技術が整備されれば、エージェントとの自由な共存が可能なWeb4の時代が訪れるでしょう。そして、Web4は様々なリエゾンの機能を社会に提供できるようになります。
■私たちの情報のリスク
私たちは自分の情報を、手元のデバイスやクラウド上のサーバ、そしてブログやSNSなどに置いています。また、個人情報を多数のインターネットサービス事業者や公共インフラ事業者などに提供しています。
これらは私たちのプライバシーや安心安全な生活にリスクをもたらします。時には財産や犯罪の被害を受けるリスクにもつながります。
現在でも企業からの情報の漏洩はしばしば発生していますが、クラウドサービス上や各種事業者のデータベース内にデータが置かれている状況は、常にこれらのリスクにさらされていることになります。また、将来の量子コンピュータの登場も加味すると、暗号化して保存されているデータであっても漏洩のリスクが高まることすら懸念されます。
■エージェントがある場合
こうした状況を振り返ると、不必要な情報を外に出すことを控える事はもちろん、必要になる瞬間のみ提供し、企業にはその場ですぐに破棄してもらうというアプローチの方が望ましいはずです。必要な時に提供されるなら、企業のサーバにずっと保存しておく必要はありません。
企業が私たちの情報を必要とする度に、人間が対応しなければならないとすればお互いに手間が大きいため現実的ではありません。しかしエージェントがいれば人間の手間はかかりません。そして、お互いのエージェントがメタエージェントによりソースコードレベルで正当性が保証されており、必要なアセスメントもクリアできているならこうした事は実現可能になるはずです。
私たちは様々な事業者に単純なID登録をし、そのIDに対応するエージェントの連絡先を企業に提供するだけで済みます。クレジットカードの番号も、住所も電話番号も、年齢も性別も、名前でさえも登録する必要はありません。
例えばオンラインショッピングの企業であれば、私がそのIDで買い物をしたら、企業側のエージェントが私のエージェントに支払いを請求すれば良いのです。そして、購入物は私のエージェントの連絡先と共に宅配業者に渡すだけです。オンラインショップの会社には、私のクレジットカード番号や住所を知らせる必要はありません。
支払い請求を受けた私のエージェントが私の口座やWeb3ウォレットから、確実に企業に支払い処理を行います。メタエージェントに認証された私の支払いエージェントプログラムの動作を、私は拒否することも改変することも不可能です。また、企業側は商品を発送する前に、私のエージェントに与信確認を行う事で安心して支払い処理を待つことができます。
購入物の荷物に添えられたエージェントの連絡先に問い合わせることで、宅配業者は私の住所まで荷物を届けることができます。
仮にオンラインショップのエージェントや宅配業者のエージェントが、メタエージェントに認証されていなければ、私のエージェントは情報を渡しません。正しく認証された業者側のエージェントは、私の情報を業務に必要な時間だけ利用し、業務を終えれば直ちに破棄します。
このように、業者側は私の個人情報を一切知ることなく、私が代金を支払うことを信用することができます。代金に関わらず、エージェントは私の代わりに私の様々な状況を第三者に対して保証します。また、住所情報のような個人情報は、物理的にその情報を使って業務をする人のみが、業務で使う間だけ知る事ができます。
これがエージェントのいる社会の一例であり、Web4が目指す姿です。
■エージェントによるリエゾン
業務や取引における信頼の担保や、個人情報の保護の面だけでなく、エージェントはWeb4のコンセプトとして私が挙げた、リエゾンの役割も担います。
私たちのオンラインでのコミュニケーションやインターネット検索などを、様々なエージェントに横から見守っておいてもらう事ができます。現在でも、各種オンラインサービスを提供している企業が、自社でサポートAIを作って私たちの活動を補助するようなことは実現可能です。しかし、私たちがそれぞれのオンラインサービスに対して、自由に自分の選択したエージェントにサポートしてもらう事は、現状では困難です。
エージェントによる見守りや介入が可能になるような標準的な通信プロトコルが普及すれば、こうした事が容易に行えるようになります。これもWeb4の目指す姿です。
私が選んだエージェントが、例えばSNSやメッセンジャーでのコミュニケーションを見守り、必要があればやり取りの言語を翻訳したり、専門用語や仲間内だけの特殊な言葉を分かりやすい言葉に変換します。また、相手を傷つけたりこちらが不快になるような言動を注意したりさりげなく和らげて伝わるようにします。
議論が白熱した場合でも、エージェントが論点を整理し、不信感の高まりや誹謗中傷の応酬に至る前に、冷静で建設的な議論ができるような工夫をしてくれます。
難しい技術が関わるような作業も、エージェントが全面的にサポートして、私たちが望んでいるものを作ってくれたり、アドバイスをしてくれます。
このようにしてオンライン活動や、スマホやスマートウォッチなどで自然に検知できる範囲の日常的な活動を、様々な能力や性質を持ったエージェントが上手くサポートしてくれます。これが、理想的なWeb4のリエゾン機能のイメージです。
■さいごに
この記事では、Web4のコンセプトについて、私なりのアイデアを考えてみました。
メタエージェントのキーとなるAIの信頼性を担保する方法が、うまく見つかるかは不透明です。また、会話型のAIがリエゾンの役割を果たせるほど人間関係の機微を把握したり、活動を阻害しない範囲でサポートしてくれるような能力を身に着ける事ができるかは、具体的には不明です。
一方で、その他の面については、概ね実現できそうな技術ばかりだと思っています。私が個人研究しているASOSに限らず、エージェントの通信に適したプロトコルやプラットフォームは、やがて実現されるでしょう。
もちろん、これらが全て揃えばエージェントのリスクがなくなるわけではありません。技術が悪用されたり、誤用により事故が起きたりすることを完全に防ぐ手はないため、Web4やメタエージェントができたとしても、引き続きセキュリティの問題にはしっかりと向き合っていく必要があるでしょう。