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生命の起源の全体像:システムエンジニアの視点

私はシステムエンジニアの視点から生命の起源について個人研究をしています。

システムエンジニアはシステムの構造やメカニズムだけでなく、その構造やメカニズムをどのように上手く作り上げるかということを日々考える仕事でもあります。その視点から見ると、通常、私たちが設計する人工的なシステムよりも遥かに複雑で巧妙な自然のシステムである生命が、どのようにして自然に出来上がったのかは、科学や哲学だけでなく、システムエンジニアという視点からも非常に興味深いのです。

■生命の起源の全体像

生物の複雑さと環境に適応する能力を考慮すると、生物の誕生は奇跡的な偶然で説明することは困難です。条件が整えば必然的に起きる現象として捉える必要があるというのが私の立場です。

必然により生物のように複雑で巧妙なシステムが出来上がるためには、十分な時間と空間、複数の現象の同時並行での段階的な進行、そして豊富で多様な素材とエネルギーや天然の環境による強力なサポートが必要になると考えています。

先に結論から言えば、私は生命の起源について以下のように考えています。

a) 生命の起源の時間軸

地球の生物は、短期間での偶然の出来事ではない。長い年月をかけて段階的に無生物である化学物質から構成される化学システムが、生物に近づくように進化することで自然に発生した。

b) 生命の起源の場所

火山近くの温泉や海底の熱線噴出孔のような特定の場所で化学システムが生物へと進化したのではない。地球全体で段階的な化学システムの進化が進行した。

c) 進化のメカニズム

化学システムの進化の初期段階において、DNAやRNAやタンパク質は、何れかが先行して進化したのではない。DNAやRNAやタンパク質は、それぞれが異なるメカニズムに基づいて同時並行で進化した。

d) 基本素材とエネルギー源の供給

地球は生命を構成するための有機化合物やエネルギーが乏しい環境ではなかった。地球は生物の誕生以前から豊富な活性化エネルギーを持つ有機化合物が常時大量に生成できる仕組みを持っていた。

e) 物理構造の必要性と進化

生物の持つ化学システムが機能するための物理構造は進化の過程で出現したのではない。化学システムの進化には、環境の異なる多数の化学物質の容器と容器間で化学物質を循環的に移動させる物理構造が必要である。地球は天然の容器と循環的な移動の仕組みを持つ物理構造を提供し、化学システムの進化の過程で物理構造も進化した。

以上のa)~e)のように生命の起源を捉えることで、生物は奇跡的な偶然により誕生したのではなく、特定の条件下での化学システムの進化の流れの延長線上に登場したと考えることができます。

■地球が提供する物理構造

地球が化学システムの進化のために提供していた物理構造とは、湖や池や沼などの多数の水場と、それをつなぐ水の流れのネットワークです。この水の流れは、陸を流れる河川だけではなく、海から水蒸気が蒸発して雲になって再び陸地に雨が降るという地球規模の水の循環です。

多数の水場が多様な化学的な環境を提供する容器となり、水の循環によって容器の間を化学物質が移動することで、多様な化学反応が発生し、それが連鎖するシステムを形成できます。この連鎖が循環することで、化学システムの中に自己強化的なフィードバックループが形成されます。

■二種類の進化メカニズム

自己強化的なフィードバックを形成する化学物質の組合せが存在すると、それらの化学物質の組合せは他の化学物質よりも分解されにくく、存続しやすくなります。

自己複製を伴う化学システムにおいては、こうした化学物質の組合せが自然選択されることになり、生物の進化と同様のメカニズムで進化が進行します。

DNAが自己複製をし、DNAからRNAへ転写され、RNAが触媒機能を発揮することで、DNAとRNAは自己複製を伴いつつフィードバックループを形成することができる化学システムを構成します。このため、地球全体の物理構造の中で進化可能な化学システムとなります。

一方で、自己複製を伴わない化学システムであっても、ランダムに生成される化学物質の中にこうした組み合わせが登場すれば、他の化学物質よりも長く存続することになります。すると、ランダムに生成される化学物質の中から、時間と共に自己強化的なフィードバックループを持つ化学物質の組合せの割合が増加していくことになります。

アミノ酸のポリマーは自己複製はできませんが、自然環境でランダムに結合でき、RNAよりもさらに多様な触媒機能を持つことができます。このため、より多様な自己強化的なフィードバックループを形成し、地球全体の物理構造の中で進化可能な化学システムとなります。

■紫外線と高温の水からの保護

地球の物理構造の中で化学システムがフィードバックループを構成するためには、水循環による移動の際に有機化合物が分解されにくいことが必須です。

生物誕生以前の地球にはオゾン層がなかったため、太陽からの紫外線がそのまま地表付近に降り注ぎ、有機化合物を容易に分解する環境であった可能性があります。また、高温の水は化学反応のためのエネルギー源にもなりますが、同時に有機化合物の分解を促進します。

このため、強力な紫外線から保護される必要があり、適温の範囲内で化学物質が移動したり蓄積されなければなりません。

反対に言えば、地球の物理構造を利用して地球全体で生物へ近づくように化学システムの進化が進行したとすれば、地表付近は紫外線から保護され、進化に利用されたほとんどの水場は有機化合物にとって適温であったと考えられます。

■粉塵大気仮説

そのような環境的な条件が満たされていたとすれば、粉塵に覆われた大気という仮説が1つの可能性として考えられます。

これは、初期の地球への隕石衝突や火山噴火により舞い上がった粉塵が、常時大気に滞留していて、地球表面の紫外線露出を減らしつつ温暖な気候を維持したという仮説です。

この仮説に従えば、紫外線と高温の水からの保護という先ほどの条件はクリアすることができます。

加えて、粉塵が大気を常時覆っていた場合、大気中で有機化合物が大量に合成することが可能だったと考えられます。

■粉塵の大気による有機化合物の合成

様々な実験により、水素、窒素、炭素、酸素等を含む気体に紫外線や放電でエネルギーを与えることで様々な有機化合物を合成することができることは分かっています。

太古の地球は気体の水素、窒素、二酸化炭素を含んでおり、その他の元素も粉塵に含まれていたはずです。かつ、有機化合物の合成は様々な鉱物表面を触媒として促進されることも実験から分かっています。粉塵は鉱物の粒子ですので、触媒として機能します。

そして、オゾン層で吸収されることのない強力で大量の紫外線をエネルギー源として有機化合物の合成に利用が可能です。また、紫外線を含む太陽のエネルギーは粉塵や周囲の空気を加熱して対流を起こし、摩擦によって静電気が蓄積して雷も発生します。この雷の放電エネルギーも、有機化合物の合成に利用が可能です。

このようにして、粉塵に覆われた大気は、24時間365日、大量のエネルギーを利用して膨大な量の有機化合物を生成することができたはずです。こうして生成された有機化合物が大気から地表に降ることで、豊富な有機化合物が化学システムを形成したことになります。

加えて、これらの有機化合物の中には容易に化学エネルギーとして利用可能な活性化された有機化合物も含まれていたはずです。これにより、地表の化学システムは、素材だけでなく利用可能なエネルギーも常時大量に供給される環境にあったと考えられます。

■化学システムの進化

有機化合物と利用可能な化学エネルギーの継続的な大量供給と、紫外線や高温の水といった有機化合物の分解からの保護により、地球の環境は化学システムの進化を促進したと考えられます。

その環境の中で、様々な環境条件を持つ多数の水場で化学反応が発生し、それが水の循環によりフィードバックループを形成することで、DNAとRNAによる自己複製型の化学システムと、アミノ酸ポリマーによる非自己複製型の化学システムが並行して進化することができたはずです。

これらの2つの化学システムが相互作用することで、さらに高度なフィードバックループが形成され、より様々な環境変化に対して強固な化学システムが形成されます。そして、相互作用を強めることで、自己複製や転写やランダムな合成よりも複雑なメカニズムを必要とするRNAからタンパク質への翻訳の機能も発生したと考えられます。

このようにして、異なる2つの化学システムが統合されて、全体として自己複製と強力な触媒効果を併せ持つシステムが成立したというシナリオが考えられます。

■物理構造の進化

これらの化学システムは、地球が提供した天然の物理構造である多数の水場と水の循環を利用して進化することが可能です。

一方で、化学システムの進化の中で、物理的な構造を構築できる化学物質も多数生成されて利用されていったはずです。タンパク質や炭水化物は化学物質同士を結合したり位置関係を固定化したり、殻のように覆うことができます。また、脂質は膜を形成して化学物質をカプセル化することができます。

位置関係の固定化により化学反応の順序やタイミングを固定化することで反応の精度を向上させることができます。殻や膜で覆うことで、外部からの破壊要因から化学物質を保護することもできます。また、固定化や殻や膜で覆うことで複数の化学物質を散逸させずに別の水場に移動させることもできます。

これらのメリットが上手く機能すると、これらの物理構造を生成するRNAやアミノ酸ポリマーとの間に自己強化的なフィードバックループが形成され、同じような物理構造が多数生成されるようになります。また、そこに変化が加わって自然選択が働くことで、こうした物理構造も進化していきます。

■細胞への進化

化学物質により形成されて進化する物理構造は、やがて地球が提供していた天然の物理構造と同様に、多数の化学物質の容器と容器間の化学物質の移動の仕組みを提供できるようになります。

また、さらに物理構造が進化することで、1つの脂質膜の内側にも様々な物理構造が内包され、その中で異なる化学環境条件を持つ区画分けと、区画間の化学物質の移動ができるようにもなります。

そうなると、多数の異なる化学環境条件を持つ容器間を移動させて実現していたような一連の化学反応のフィードバックループも、1つの容器の中で全て行えるようになります。

このような形で、物理構造が進化し、その中で様々な自己強化的なフィードバックループを持つ化学反応の連鎖を発生させることができるようになることで、物理構造と化学システムは細胞へと近づいていきます。

これが、私の考える生命の起源のおおよその全体像です。

■さいごに

生命の起源の議論では、特定の場所で特定のメカニズムを出発点に化学システムが進化したということを前提にしていることがあります。しかし、特定の場所や特定のメカニズムだけでは、上手く説明がつかないため、別の場所や別のメカニズムが代案として挙がっていたりします。

システムエンジニアの視点から見ると、これら全てを同時並行で進行させつつ、相互に連携して欠点を補わせることが合理的で効果的であることは明白です。

実際に地球はそれを可能にする物理構造を提供しており、化学的にもそれは可能であることが様々な実験で明らかになりつつあります。何より、生物の持つ化学システムの複雑さと巧妙さという事実が、このことを明確に示唆しています。

そして、複数の場所で複数のメカニズムが連携しながら同時並行で進化したという前提で考えると、豊富で多様な物質が安定して地球上を移動することが重要になります。

この視点から地球環境を見ると、水の循環の存在が重要な意味を持っていることに気がつきます。また、ここで挙げた粉塵大気仮説のように何らかの紫外線からの防護があれば、水の循環を利用して地球の様々な場所で複数のメカニズムが連携することが可能であったと言えます。

生物が水を単に体内に蓄えているだけでなく、水を外部とやり取りしつつ内部で循環させることで化学システムを機能させているという事実は、化学システムの進化の過程で、地球全体のメカニズムが細胞のメカニズムへと進化していったことを示唆しています。

つまり、生物の持つ複雑で巧妙なシステムは、1つ1つがゼロから発生したのではないということです。

化学的に自然に生じる様々な基礎的な現象が、地球全体の水循環という物理構造を通して緩やかに接続しているという状況を出発点にすることができます。この出発点から、基礎的な現象の強化、連携の高度化、そして物理構造を最適化していくことで、生物が誕生したと考えることができます。

生物は、人間が作る人工的なシステムと違い、システム全体をトップダウンで設計することはできません。しかし、ゼロからの発生ではなく、強化、高度化、最適化であれば、試行錯誤によるボトムアップ的な改修で十分です。

このような意味で、この記事で説明してきた生命の起源の全体像は、システムエンジニアとしての視点から考えて、理に適っているのです。


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