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あれから26年

あれから26年か。あの日のこと、それからの日々、そしてこの26年。いろいろなことを思い出す。その思い出に関わる人たちも四半世紀を超える年月の経過の中で、ある人は老い、ある人は若くして亡くなった。

震災のあの日と、それからの日々のことは強烈な経験と記憶だけれども、それによって「生き方」を変えられた人々のこと、その人々のそれからの日々のことの方を強く思い起こさせられる。この26年という年月には、そういう追想をするに十分すぎるくらいの年月の積み重ねがある。

しかし、この26年、この国や社会は、あの日、命絶たれた人々、傷ついた人々、それによって生き方を変えられた人々に「報いる」進み方をしてきたのだろうか。そのことを考えると、本当に心が沈む。私自身もある意味で、この日を基点に「生き方」を「変え」てきた一人。大きな意味で、この日に与えられた命題に応えるべく、活動をしてきたのだと思う。何にどう応えられたのか、そして、この国は、社会は、どうなっているか。国や社会を問い、そして、自分自身も問い返さざるを得ない。

26年目の1・17を、図らずもコロナ禍という被災下、富と権力の作為・不作為によって、小さな一人ひとりの「命」が脅かされる中で迎えた今朝、改めて深く想い、思った。

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