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商工中金の「妥当な株価」はいくらだろう?

政府が保有する商工中金株式の2回目の入札が再び不調に終わりました。
7月の初回入札分と合わせても、実に9割が売れ残った形です。
特に今回は、商工中金自身に自己株式取得を認め、実際に応札したとみられるだけに、政府(財務省)と商工中金との間で、適正株価の認識に大きなギャップがあることが明確になったといえます。

財務省、商工中金それぞれの思惑を推測

2/14の日経電子版によれば、「商工中金は応札にあたり、複数の証券会社に企業価値の算定を依頼していた。財務省側は1株当たりの純資産をもとに計算していたとみられ、「実態より企業価値が高くなりやすい」(関係者)。商工中金はより低く企業価値を見積もっており、それが今回の入札不調につながった要因の一つとみられる。」とのことです。

記事には価格そのものは示されていませんが、両者が妥当と考えている水準を、財務省HP掲載の入札説明会時公表資料(下記)や、商工中金HP掲載の半期報告書の情報などから、勝手に類推してみたいと思います。

https://lfb.mof.go.jp/kantou/kanzai/kaisyasetsumei0109.pdf

まず、①一株あたり純資産額は、半期報告書で2024年9月末で235円とされています。純資産が1.0465兆円で株式数が21.685億株なので、単純に割り算すると500円くらいになってしまうのですが、資本のうち、特別準備金と危機対応準備金(合わせて5千億円余り)は清算時に政府に返さないといけないので、これらを除いて計算されています。
②また、従来公表されていた野村證券の店頭扱いによる商工中金株式の売買実績では、この数年、一株173円での出合いが続いていました。
政府保有株式の簿価は100円ですから、235円や173円で売却できれば、政府は大きな利益が実現できます。
③これに対して、商工中金が1月の臨時株主総会で決めた自己株式取得の上限は、株式数で10.16億株(全ての政府保有株式)、金額で1,580億円なので、割り算して155円。これが入札で提示できる上限値になります。
もちろん、入札株式数を絞れば上記①②のような高い価格も出せますが、その分、他の主体が買ってくれる必要がありますね。

④証券会社が商工中金にアドバイスとして提示する考え方としては、類似業種の株価との比較が妥当と言えるでしょう。例えば、上場されている銀行株の業種別配当利回りは3.11%なので、商工中金の配当(ずっと年間3円/株)に当て嵌めて逆算すれば96円となります。
⑤また、プライム市場銀行業のPBRが 0.4倍であることからしても、(235✖️ 0.4で)94円が妥当となります。
おそらく、商工中金は、④や⑤のような考え方に基づき入札したのではないかと推測されますが、この株価水準では政府保有株式の簿価100円を下回ってしまう(つまり出資額を回収できない)安値なので、財務省は許容しなかったということなのではないでしょうか?

では、今後実施される3回目の入札は、どのように決着するのでしょうか?ポイントは、商工中金資料の29ページの記述ではないかと思います。「自己株式取得直後にはCET1比率が一時的に低下するが、3年程度での回復を図る」とされ、棒グラフ(下図)があります。

足もとで11%台のCET1比率(普通株式等Tier1比率)が、10%を割り込んだ後、3年程度で10%を回復するイメージですね。
仮に上記①のような高値での全株取得になれば、商工中金の連結普通株等Tier1比率は8%前半まで低下していまい、商工中金の利益水準(年間200億円前後)では、よほどリスクアセットを削減しないと3年後に自己資本比率10%の回復はできません。
他方、上記④(株価96円)なら自己株式取得直後でも10.0%までの低下にとどまりますので、グラフのイメージとは異なります。つまり、上のグラフが示唆しているのは、それらの中間である③(155円)ということになります。商工中金としては、2回目の入札では(できれば理屈が立つ安値で取得したいので)④⑤で応札し、財務省が拒んだら3回目の入札に(株主総会から授権された上限である)③で応じる、ということではないでしょうか。

商工中金のリスクテイク余地は狭まる

仮に③の水準での決着になるにしても、CET1比率は9%前半まで低下しますので、商工中金のリスクテイク余地を狭めます。実際、資料上でも、商工中金自身が「貸出ボリュームを維持する」と明記しています(つまり「リスクアセットを増やせない」と言っているわけです)。優良な中小企業への低スプレッド貸出は削減されるでしょう。また、「資本効率を意識した有価証券の運用」とも書かれていて、リスクウエイトの低い債券運用を拡大することも示唆されています。
落札価格次第で程度は変わってくるでしょうが、大規模な自己株式取得は、中小企業貸出をコアとする商工中金のビジネスモデルにも影響を与えることになりそうです。

いずれにせよ、2回の入札を経て、自社株買い以外の買い手は期待できないことが明らかになりました。6月14日の売却手続き期限が迫る中、かなり隔たりがあると思われる財務省と商工中金の株価についての考え方が、どのように収束に向かうのか、注目したいと思います。


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