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ギリシャの風景

今年の2月末に刊行した拙著『数学の世界史』(KADOKAWA)は、おかげさまで4刷目まで重版を重ね、現在10,500部の売れ行きです。ありがとうございます。

この本では第5章2節で、ギリシャの明るく原色的で明朗な自然について触れています。その中で私の個人的な回想を2つ述べました。ひとつはスニオン岬のポセイドン神殿へのドライブ、もうひとつはリカビトスの丘の夕焼けです。

この体験は私個人としても非常に素晴らしいものだったので、ここで当時の写真もお見せして、少し詳しく述べたいと思います。写真を見れば、この本の中で描写した鮮やかな色彩を、皆さんも感じられることでしょう。

スニオン岬とポセイドン神殿

2011年9月中旬の約10日間ほど、私はアテネに滞在した。スニオン岬へドライブしたのは9月17日(土)で、ホストであるA. Kontgeorgis氏の家族と一緒だ。アテネ中心部からスニオン岬まではバスツアーなどもあるらしい。とにかく有名な観光スポットなので、行ったことのある人も多いだろう。

我々は自家用車での気ままなドライブである。

1時間半ほどで目的地に着いた。とにかく、その景色が素晴らしい。

茶色の地面が露わになったところに背の低い植物が点々と生えているという山肌の様子は、ここだけのものではない。ギリシャの(少なくとも私の訪れたアテネ近郊の)山肌はどこに行ってもこんな感じだ。

ポセイドン神殿は岬の突端のところに鎮座している。

まさにこの写真から生まれた本文中の描写が以下である。

海の青と空の青は濃厚な原色で、その境目もはっきりしている中に、神殿の大理石が眩しい白で 、 低い濃木が点在するだけの剥き出しの地表の焦げた茶色と見事なコントラストをなしている。

拙著『数学の世界史』(KADOKAWA)108ページ

リカビトスの丘と夕焼け

そうかと思えば、夕焼けのリカビトスの丘などは、日本ではとてもお目にかかれないような見事なオレンジ色に縁どられる。これほど明朗な配色を見せる自然に常に囲まれている人たちは、当然、我々日本人とは本質的に異なる自然観を生きていることだろう。

前掲書(上の引用の続き)

リカビトスの丘はアテネ市街地の割と中央にあり、アクロポリスを含むアテネ市内全景を望むことができる眺望スポットだ。そういう意味では、有名な観光スポットであるとも言える。夕焼けがこの丘を縁取るためには、視点はリカビトスの丘よりも東になければならない。だから、この引用部分の記述は「リカビトスの丘」にそれほど重要な意味を込めているわけではない。たまたますごいオレンジ色の夕焼けが見えたとき、それはリカビトスの丘を縁取っていたというだけの話だ。そのときの写真がこれである。

残念ながらちょっと手ブレが入ってしまった。また、実際に視覚で見えた夕焼けのオレンジ色の濃厚さと空いっぱいに広がったそのスケールの大きさは、写真ではかなり失われてしまっている。しかし、それでもその色がいかに衝撃的だったか、ある程度は伝わるかもしれない。

本文では続いて、和辻哲郎『風土』におけるギリシャ的自然の記述を引用している。

しかるに明朗なギリシャ的自然が彼らの肉体となって来たとき、彼らはこの隠さない自然から「見ること」を教わった。自然はすべてを見せている。隠し事をしていない。

和辻哲郎『風土』(岩波文庫)119ページ

実際にギリシャに行ってみて、この「隠し事をしない自然」は私にとって確かな実感となった。確かに、ギリシャの科学・哲学・数学を胚胎したのは、この明朗な自然ばかりではなかっただろう。時代的要素もあっただろうし、近隣地域の国々との関係も背景にはあった。しかし、この強力に視覚的な自然が、見えたままの自然の奥にロゴスを見ようとする普遍的世界認識へ、人間のさらなる欲求を掻き立てた重要な要因であったことは十分にあり得ると実感できるのである。

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