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【短編小説】多幸性の夜、他光星の夢。

「現を抜かすか、鬱と暮らすか。そのどちらかしかないのでしょうか」
 そんなことを嘆きながら『彼女』は、太陽に照らされているだけのこの冷たい暗闇の中をくるりくるりと生きていたのでした。

「太陽は私たちを照らしています。でも、私は太陽を照らしていない。私はずっと返しているだけなんです。それも全部ではなく、抱えきれなかったほんの一部だけを」
 『彼女』はとても悲しそうにしていました。自らが光ることが出来ないことを。しかし、それは太陽以外の何者にも出来ることではないのです。ヴィーナスやジュピター、月にだって出来ないことなのです。
「私自身が光ることが出来るなら、太陽の光を借りなくても良いのなら、私はどこにだっていられるのです。太陽との距離を誰かと争わなくてもいいし、自分の大きさを気にしなくてもいい。それは何よりも自由なのです」

 僕は何度も『彼女』に説得をしました。あなたが光る必要などないのだと。あなたは光らなくても生きていけるのだと。元々光っていなかった『彼女』が光ることは出来ない。暗い絶望のなかで己を見つめ続ける必要なんてない。己自身に幸せを求める必要などないのだと。何かに縋る、憧れる、羨ましがる、依存する、攻撃する、溺愛することを幸せにしても良いのではないか? 自分以外の何かを幸せの依り代にしても良いのではないか? と。
 しかし、『彼女』はそれらを聞き入れてはくれませんでした。『彼女』は自分自身の幸せを変えることは出来なかったのです。『彼女』の望む幸せが『彼女』自身を苦しめると分かっていても誰にもどうすることも出来ませんでした。
「私自身の光でないといけないのです。誰かの光ではいけないのです。それは人間が己の醜さをごまかすために何かをつけることと同じなのです。宝石の神々しさ、牙や角の逞しさ、毛皮の温かさ、羽毛の色鮮やかさ、麝香の艶やかさ、白の純真さ、黒の高級感、鎧や仮面の安心感、名前の存在感を我が物顔で見せびらかして自分自身の美しさだと自慢するような浅ましく醜いものなのです」

 そして『彼女』は僕にとって最悪なあることを思いついてしまいました。
「そうだ! 私が太陽とひとつになればいいんだ! 私が太陽とひとつになれば私は輝き続けることが出来る。どうしてもっと早く気づかなかったのだろう? こんなにも簡単に幸せになる方法がすぐそばにあったのに!」
 そう言って『彼女』は僕の制止など聞く耳も持たずに一直線に太陽へ飛び込んでしまいました。『彼女』は太陽の熱で溶けてしまって跡形もなく消えてしまいました。

 『彼女』は幸せになったのでしょうか。僕にはそうは思えません。『彼女』は自殺をしただけです。自分の命を終わらせただけです。『彼女』は自らの幸せから目を背けたのです。しかし、仕方のないことだったとも僕は思います。『彼女』は自らの手で光ることを望んでいました。でも、それは不可能だった。『彼女』は元々幸せになることは出来なかったのです。
 僕が『彼女』に説得をしていた時、その説得には意味がないことを本当は気づいていました。たとえ『彼女』が幸せになることが出来なくても他の誰かの幸せを変えることなど僕に出来ることではありませんでした。それは僕の幸せを『彼女』に無理矢理押し付けているだけでした。でも、僕は『彼女』に幸せになって欲しかった。だだっ広い宇宙の海の中を彷徨っていた僕にとって『彼女』は何よりも美しく失いたくないものだったから。


 『彼女』がいなくなってしまった暗闇の中を沢山の星々と光り輝く太陽が暮らしています。『彼女』は太陽に近づくことが出来ました。だから、死んでしまった。もし、星たちも動くことが出来るのならば太陽に近づこうとするのでしょうか?

 おそらく、近づいてしまうのでしょう。幸せに照らされたこの暗闇で、自らが光ることが他光星の夢であるのならば。

お題:「星」「幸せ」

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