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体の内と外



 前に書いた記事の続きというか展開したようなもの。

 私は体の内側がストームしていて、外側が無であるということが多い。無であるというか、無の時と、体の外側が社会性そのものって時とがあって、体の外側が社会性の時は善性にまとわれているというイメージ。悪性はおもに体内に自動的に溜め込まれるシステムのようだ。

 私は暴言を吐く、ということができない。口から出せない、というか。口から出るまでの間にその形態が変わってしまう。なんかそういう呪いのようなものにかかっているという感じである。