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労働と余儀

今の俺は幸い絶望もしていない、これという大いなる野望も無い。よかろう、その気持ちのまま音楽と向き合うのみだ。誰かが言ったように「ただ一切は過ぎて行く」だけと感じる。そして一切が過ぎ行くとともに自分も朽ち果ててしまうのである。その過ぎて行く時の中を、俺は己の意思でただ歩いて行く。その方便に歌を選んだのである。(『東京の空』より)

生きるとはどういうことか――。
生体を維持すること、社会の中に身を置くこと、日常の生活をすること。いろいろな解釈が成り立つのだが、

 着飾って 本読んで テレビ見て 仕事して
 メシ食って 医者行って 床屋行って

 ( ‟道” )

毎日の日常を送ることが生活で、それこそが生きることなのだとしたら。
だがそれとは別に、内なる衝動を吐き出すことも別の意味で生きることだ。やりたいこと伝えたいこと表現したいことがあって、それを世に送り出すために作りたいものがある。その内なる衝動を形にする。生体維持のためには必要不可欠ではないかもしれない。でも、吐き出すことがすなわち生きること。クリエイターとはそういうものかもしれない。
だがそれ(生活)を続けるためには、お金が必要で、お金を稼げるものを作らなくてはいけなくて、「作った歌を売ること」を生活の糧を得るためにする=生業とするのなら、その行為は《労働》になる。生活の目的だったはずの「やりたいこと」が、生活の手段になると《労働》になってしまうのか。
だがしかし、やりたいことだけをやっていたのでは売れない。売れなければ食べていけない。食べるためには売れる音楽を作らなくてはいけない。売れるものを作るのだ。いつの日かやりたいことをやるために。
――そのジレンマが、その作業が、歌詞として歌われる《労働》なのだろうか。

若き日の歌を今になってから聴くと、エピック期は、破裂してしまわないようにとにかく吐き出したいという衝動、わかんないならわかんなくていいんだという諦観、わかる人にわかればいいという希望、でもこんな良いものがわからないなんてどうかしてんじゃないのという苛立ち、この先どうなっちゃうんだろうという焦燥、とにかくやるしかないという疾走感、それはもういろいろなものを混沌のまま抱え込んだ凄まじいエネルギー体。

ポニーキャニオン期。明るく伸び伸びとした楽曲には、キャッチーな曲を作ろうと懸命に模索しているような気配もある。だが、作者が内に持っていないものは出てこないし、出そうと思うものしか出てこない。甘い甘いラブソングを作るつもりでも、そのときの自分と対峙する曲になる。

EMI期。やりたいこと(=音楽で生きていくこと)をやってはいるが、本当にやりたいことをやれているのだろうか。しっくりくる表現を模索して音楽的にも試行錯誤が続く。志は世間の風に曝されて萎え萎えになり、斜に構えるようになる。斜に構えただけでは物足りず、抱えたその屈託を歌にする。ますます自らの奥深くに潜っていく。世間の風は冷たい。売れなかった切実な経験がつきまとう。

やりたいことで食べていくには、、、だが食べていくという時点で「やりたいこと」が《労働》になってしまう。お金をもらうことは労働だけれども、志は自由でありたい。やりたいことがやりたい。

心の灯を燃やし続けてその志が萎えないようにするには――、
名前を付ければいいのだ。
物事は、名前を持った瞬間に輪郭が実体化する。
この気持ちにつけられた名前、それが――《余儀》。


そして現在地。
出発点は、世の中に向けての発信でありながら、一歩間違えば独りよがりと紙一重になりかねない衝動の発散。それが受け入れられ、届く感覚を味わった瞬間から、独りよがりだった発信が確固たる目的を持った交感へと変わっていく。作りたい、歌いたいという純粋な気持ちを追い求める《余儀》、それが、締切があり、義務があり、お題がある《労働》となっても、どう応えるのか、どう届けるか、どう届いたか。その手ごたえが喜びとなっていく。

あるときは対立概念だったかもしれない《労働》と《余儀》が、だんだんと合致してきたように見える。引きこもり自粛生活の産物『ROMANCE』が両輪をぴたりと嵌める触媒だったのかもしれない。やりたいことをやって、売れる。その手ごたえが確実に強い自信として漲っていく。今、この好循環による上昇気流が吹き荒れている。

達成感に安住しないストイックさ、求め続けて満腹にならない飢餓感は、天才にとっては呼吸をするように自然なもの。だから、まだまだどこまでもどこまでも夢を追い求めて突っ走って行くのだろう。
 sha・la・la・la sha・la・la・la sha・la・la・la you
 「お前はどこまで夢 追いかけるつもりなんだい?」
( ‟sha・la・la・la” )



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