あの男と過ごした幾多の夏の思い出
花火大会
連日30°以上を示す温度計をながめ
気怠い午後、過ぎた日々を回想し
暑さに呆けた頭の中に浮かんだのは花火
あの頃
集合住宅の最上階のベランダから
いつも特等席だと言って対岸の花火大会を二人で観ていた
鼓膜を破るかの如し大音量
夜の蒸しかえす空で爆発した光が
私の胸に衝撃を叩きつけ
残された暑さを尊いものと捉える瞬間を与えてくれる
崩れた浴衣で歩く男女は
汗と欲に塗れ独特の湿り気をまとい足早に歓楽街へ消え
比べて
あなたと幾多の夏を通り越した私の未練は
思い出とともに夏の余韻を残しながら
あの日の夜空に残された花火の匂いと煙のように
しばらく心の奥底に咲きやがてゆっくりと消えていく
背景
成人を迎え、8年間交際した男がいた。
同棲も結婚もせず、女の自宅マンションに足しげく通うのは男。
毎年8月の第1週の土曜日に行われる某花火大会を自宅ベランダから80パーセントほど観賞し終えると
毎年翌日に控える地域の清掃とやらを言訳に、花火の来場者で道路が混みあうのを尻目に男は朝を迎えることなく必ず帰宅の途に就く。
部屋に残った女は、まぁ仕方がないものだと自らを言い聞かせながら
まだ花火大会の余韻の残る自宅前の道路を歩く来場者の男女や
コンビニの前に集まり煙草をふかし酒を片手に大人の真似をしたがる年齢の子供たちをベランダから見下ろし、来年こそは結婚し住処を変えもうこの場所から花火を観ることも無くなるわと思いながら、煙硝の残る対岸の空を眺めるのであった。
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