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そのまんま 11.21 午後

 構成もなんにも考えない。今思っていることをただ綴る。そのまんま。

心に癒やしは必要だよ

好きなぬいぐるみのネップリ

Twitterで「じょせまる」と検索したらきっと出る。

最初の投稿から見ていて、「あまりにも びんぼ」の頃から好き。ふわふわしているのに、言ってることはお金の悩みなんですよね。すき。結構人間くさいので、めちゃくちゃ好き。

今ならローソンとミニストップでランダムブロマイドとステッカーが印刷できる。かわいいのでおすすめ。

面接練習二回目

 今日は昨日とは違う先生に面接練習を頼んでみた。志望理由と進みたいコース、自分の過去、自己PR。今日は昨日言われた「はい、と言ってから質問に答える」「ながら動作をしない」を治せた気がする。

ただ、まだ「どうして面接官がその質問をしたのか」を考える余裕がない。その質問では何を聞きたいのかがわかれば、適切なときに自分の強みを言うことができるようになる。

また、話すことはばっと浮かぶのだが、話が繰り返しになっていないかがずっと気になっている。聞いている側はそんなにおかしく聞こえないらしいが、無意識のうちに頭が真っ白になっていないか?

その証拠に、私は話し終わったあと、面接官の質問が思い出せない。だから最後どう話を締めればいいのかがわからない。最初に答えをずばっと端的に言うようにしているので、話はずれないが、結論の言葉に困ってしまう。

日々自己反省の繰り返し。自問自答の繰り返し。

ただ、先生方の支援のお陰で、だんだん自分のやりたいことが明確になってきた。私は何度も口で話すことによって、自分をはっきりさせていくタイプだ。最初は建築と自助具の融合で何がやりたいのか朧げだったが、今でははっきり口で言える。

なるべく「私のことを知らない人」に頼みたいから、明日はいっそ一年団の先生に頼んでみようかな。流石に迷惑か。

自分の悩みすぎる癖が面接でいい方向に…?

(少し暗い話になる気がする。注意してほしい。だがこれがきっかけで今の私がある。)

 私は結構べらべら喋りまくるタイプだが、話し終わったあとは自己嫌悪感に襲われている。嫌悪感というか、自己反省しまくりである。「あのときのツッコミはもうちょっと攻めることできたな」「あれは相手を否定しているようにも捉えられるな」「誤解が生まれる言葉を使ってしまったな」など。

まだまだ浮かぶ。喋りまくるからこそ、言葉に責任を多く持つことになる。こんな事考え始めたら、話せなくなるのだろうが、私は会話において日々反省することが最も大切だと思っている。

というかきっと、小学校の頃ハブられていたからこういったやり方が身についてしまったのかもしれない。「面白くない奴」だから、小学一年生の頃に、友達だと思っていた人に突然「だからなに?」と話すたびに言われるようになった。

普通に学校に行きたくなかった。よく不登校にならなかったなと今でも思う。小学一年生の私は純粋すぎるので、その友達に「どう面白く思ってもらえるのか」しか考えられなかった。

IPPONグランプリとか、M-1とか、グランドスラムとかたくさん見た。その頃、最高に面白かったのは芸人だったから。オードリーさんは特にそのとき好きだった。今でもたまにネタが見たくなる。

オードリーさんみたいに、あれだけ言い合っても「あはは」って笑えたらいいのに。アンバランスなのに、最後には一緒に笑い合っている二人がうらやましかった。

小学校1年生のあの思い出は一生忘れられないんだと思う。無意識のうちに、「だからなに」って言われないように生きているのかもしれない。

小学二年生のときも、三年生も、四年生も、五年生のときも。ハブられるのは絶対に私だった。相手の目でわかるようになっていた。「こいつ面白くないな」と思われた時の目。三年生のときにはもう感覚が麻痺していた。

まあいいかみたいな。本読めばいいかみたいになっていた。どうやっても相手がほしい話は話せない。相手の需要は満たせない。だったら別に満たさなくてもよくない?みたいな。

本読みまくって、芸人見まくって。本当に突然だった。小学校五年生くらいのころ、「人の話の波」みたいなのが掴めるようになった。あ、今話の波に乗れたなみたいな。

そこからは発想の転換。自分が相手の話の波に乗るのではなくて、「自分の話の波に相手を乗せる」ことができないかと考えるようになった。これには自己反省がつきものである。

自分のことを理解していなければできないし、相手のことを考えなければできない器用な芸当。芸人は、これが上手いんだ。小学五年生のころ、これに気づいて一気に人と話すのが苦でなくなった。

苦でなくなったという表現がいま出てきたということは、あの頃のわたしは友達だと思っていた人にことごとくハブられることを「苦」だと思っていたのかもしれない。全部鍵をしめてさよならしていたのかも。

需要云々じゃないんだ。会話は波乗りなんだ。

小学校1年生の頃のあなたたちの「だからなに?」があったから。何を話しても「だからなに笑?」と言ってくれたから、ここまで人の会話を気にかけることができた。

言った本人たちはきっと覚えていない。だって小6のときに再び違う形で友達になったから。絶対に覚えていない。どはは。5年越しのリベンジを果たした。

寝よう

肩がいたいので寝よう。おやすみなさい。








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はら みゆい
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