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たまに見る同じ夢の「夢日記」
このnoteは、ほぼ自分の「夢日記」である。
自分が見る夢は、自分のトラウマで構成されているものが多い。トラウマと言っても、人間関係とか叱られた思い出とか、そういうものではない。
自分の夢は、以下のトラウマで構成されているものが多い。
① 透けている階段、欠けている階段を降りている。
大抵、手すりがない。
② 道に迷っている。100%、引っ越す前に通っていたピアノ教室に行く。
道に迷って遅れてしまいそうな不安が、いつもある。
③ 知人の死。
④ ピアノの発表会本番直前なのに、曲を完璧に弾きこなせていない。
高所恐怖症で、今でもずっと「階段」に対してものすごく恐怖を感じている。もはや階段恐怖症なんではないか。上るときよりも、降りるときの方が数億倍怖い。手すりがない階段なんか、もってのほか。
夢に出てくる階段は、4階以上の高さに自分がいる場面が多い。踊り場はあるのだが、そこまでの階段が半分欠けていたり、手すりがなかったり。
理由はわからないけど、落ちるのではないかという恐怖が襲い掛かってくる。それも、夢のメインではないのが厄介である。夢の中のワンシーンや、ちょっとしたときに対峙する。
階段から落ちても、その後がある。夢にもよるが、何かから追われていたり、時間に遅れそうで待ち合わせ場所につかない不安に駆られていたり。とにかく、階段へのトラウマが「夢のついで」みたいな感覚で出てくる。
それが本当に厄介。
道に迷っている夢もたまに見る。目的地は絶対に「引っ越す前に通っていたピアノ教室」だった。ピアノのレッスンに間に合わない…でも連絡手段もない…
時間に追われながら、遠いピアノ教室まで自転車をこいでいる。そんな夢。でも必ずと言っていいほど、「大きな山が後ろにそびえたっている、でかいトンネル」を見る気がする。
こっち行ったら蒜山じゃんみたいなことを思いながら、トンネルをくぐるときもあるし、横の田んぼのあぜ道にはけることもある。
今日、2025年2月20日に見た夢は、トンネルの手前で田んぼのあぜ道にはけるパターンだった。
不思議なことに、「道に迷う夢」を見るときは必ず大切な人の家に着く。手前まで行くときもあれば、通り過ぎることもあるし、インターホンを押して道を聞くこともある。
目的が大切な人の家に行くことだってある。もう16:00くらいなのに、自転車で家を出て、大切な人の家に向かっている。門限は17:00だから、めちゃくちゃ焦っている。
でもたどり着かない。どれだけ進んでも、道に迷っているときに見える建物ランキング3位のオレンジ色の歯医者にたどり着く。右に曲がってもずっと家が並ぶ直線。
ずっと同じ景色。家の近くの見慣れた景色が、いつまでたっても見えない。こわい。
何であれ、道に迷う夢の時は絶対、大切な人の家が出てくる。今日の夢は、手前まで行ったが家までは行かなかった。行かなかったというよりかは通過した。
あれ、そういえば今日の夢は「Google Map」使ってたな。いつもは地図なしで、くすりのラブとかディオらしき建物、携帯会社など、オレンジ色のでっかいスーパーが見える道をただ走っているのだが。
どこ曲がっても、結局同じ景色に帰ってくる。曲がった先の道は横に田んぼがあって、古民家らしきものが並んでいる。本当に田舎にあるような、自転車通れるんかみたいな細い道。
ちょっと曲がり損ねたら用水路に落ちるような、そんな道。
オレンジ色のでっかいスーパーの横には、荒れた道みたいなのがある。そこには公園にあるような階段があって、真ん中を自転車で通れるような坂道がついている。
そこで夜花火が上がっていて、大切な人といっしょに缶ジュースを飲みながら見ていたことがある。スーパーの中ではなぜか必死に果物を探していた気がする。古いガチャガチャもある。上がオレンジ色で、真ん中が白。
なんかぷにぷにのヨーヨーみたいな、外装はとげとげしているんだけど…お祭りでもらえるヨーヨーみたいなのがガチャガチャの中身だった気がする。
このオレンジのスーパーに行った夢は、別の日に見た夢。
書きながら気づいたのだが、
もしかして私が見る夢のマップは、
一つなのか?
オレンジのスーパーの隣には駅があって、その駅で電車に乗った夢もある。電車の乗り換えに遅れて、走っている最中に並走している電車に乗り移る…ザ・夢。
だいたい降りた後は、駅の改札の場所が分からなくて道に迷っている。電車の雰囲気は車庫みたいな感じ。線路が途中までしかない。
この電車の夢も、また別の夢。
書いているときに気づいたけど、これって同じ地図な気がする。
信号を渡った先は、右に曲がる。その先には、左に緩やかにカーブする道が続いている。ちょっと走ると、左側に車の店?らしきものがある。看板というか、店のイメージが全体的に青いのを覚えている。
その先は覚えていない。この夢も別の夢。なぜかこのカーブする道だけ濃く記憶に残っている。
あれ、地図つながるな。
とにかく、道に迷っている夢は必ず自転車に乗っていて、大切な人の家が出てくる。そして何より、時間に追われている。遅刻しそうって心のどこかで思っている。
ピアノの発表会直前なのに、曲が仕上がっていない夢もたまに見る。これは階段の次に嫌な思いをして起きる。
ピアノの発表会に限らず、漢検があるのに直前まで勉強してなくて、当日焦って勉強している夢とか。正直漢検より、ピアノの方が焦る。
ピアノの発表会は、もし音が頭からとんでも5分間その場を使わなくてはならない。自分はそれが嫌すぎるので、頭からとんでも手が自然に動くまで、練習するタイプだった。
だから緊張しない。緊張という概念がない。だって緊張しても、手は覚えているから。無意識のうちに、演奏を続けられるくらい練習しているから。
でも心のどこかでは「頭真っ白になったらどうしよう」という不安があったのかもしれない。その不安がずっと心にこびりついていて、ピアノを辞めた今でも夢になって出てくるのかもしれない。
夢では必ずと言っていいほど、「本番当日」である。本番当日に譜読みをしている。あるいは必死に楽譜を覚えようとしている。直前まで練習しても弾けない、頭の中で曲が流れない、そんな感覚。
おとといは、吹奏楽部の夢でこの類の夢だった。それも珍しく「他人」がそうだった。アンサンブルコンテストでステージ裏にいるときに、楽譜を読んできていない人がいた。
音を教えてほしいみたいなことを言われた覚えがある。ちなみにその人は、同級生の人。夢の中では同じクラリネットを吹いていた。現実では陸上部だった気がするのだが。
音を教えてほしいと言われたので、とりあえず吹く曲をyoutubeで調べてもらって、音をその場で翻訳していた。だいぶ人に伝えるのに苦戦していた記憶がある。
自分が本番直前で全く練習していない夢はよく見るのだが、「他人」が本番直前で練習していなくて、自分を頼る夢は初めて見たかもしれない。現実でも、助けちゃうんだろうなと思って起きた気がする。
夢の話をすると、キリがない。毎日のように夢を見ているので、ネタが豊富である。何より、「見た夢を大抵覚えている」。だから現実でたまにデジャヴを感じるときがある。
良い夢もあれば悪い夢もある。今日見た夢は、道に迷ってるしかつ階段はあるし、知人は亡くなるし。もう悪夢代表だった。
悪夢をみたときは、絶対に大切な人に連絡して慰めてもらってる。慰めてもらっているというか、「よし、二度寝しよう」の言葉が聞きたくて連絡してる気がする。
今日は朝に用事があり、二度寝できなかったのでずっと悪夢がかすかに残っている状態で一日を過ごしていた。
最初にも書いた通り、このnoteは2025年2月20日に見た夢の日記、「夢日記」である。よく自分の見た夢を話したら、「夢日記つけてみたらおもしろそうだね」と言われるのだが、あまり気が進まない。
夢日記をつけると現実がわからなくなるらしく、少し怖くてつけられない。もうすでに、現実でたまにデジャヴを感じているのに、これ以上増えたら困る。
見た夢は忘れていた方がよい。ろくなことにならない。
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