ECサイトは農業の課題根本解決にはならないし、廃棄を無くすことにもならないこれだけの理由。その1
さて、この話を始めるにあたって、いくつかのTwitterでのやり取りを説明しなければならない。
食べチョクはここ最近急速に顧客を獲得している農家と消費者をつなぐプラットフォームだが、そのHPの中で「中間流通が農家を搾取している」ととらえられる発言をして、それが上記のような農家からの指摘に繋がっている。食べチョク自体も、マッチングによって販売が行われると20%の手数料を取るにもかかわらず、だ。ちなみにこの20%という数字自体は不当に高いものではなく、道の駅の販売手数料もそうだし、農業総合研究所のビジネスでも20%を基本としている。
Twitterでの指摘は、一般的な農業流通の主体であるJAや卸会社は各社それぞれ違いがあれど5%〜などで、何社かこういった会社を経由することで、消費者が買う価格の20パーセント以上になることはあるが、定期的な農薬残留チェック(たまに抜き打ち)や品質チェック、物流費までも含まれているのに、「20%も取る割に食べチョクは野菜の品質チェックや農家のチェックをそこまでしていないのでは」というものだった。私もその考えである。今まで多くの食と消費者の「マッチングサイト」を見てきたが、根本的には「農家」「出品された野菜」「農家へのアフターケア」などが欠けている。
一方で、こんなニュースもあった。産直SNSポケットマルシェの資金調達に関して農林中央金庫との成約があったという。これにも批判的な農家が多い。
何故批判が多いかというと、本来こういうサイトも含めて、農産物の流通に課せられている使命は、消費者に「①安定して」、「②安全を保証して」、「③美味しいものを」、「④なるべく安く届ける」というものである。しかし、一方で「⑤農業者の利益を最適化する」「⑥いろいろなモノが消費者に選べるようにする」ことも考えなければならない。細かいところを言うと、さらに、「⑦全体の金融的リスクヘッジや需給バランスの調整、付加価値の増大」をできるようにするのが流通業者の責任である。これをECサイトでは網羅できていない、というかできないのである。
(1)産直ECサイトのメリットとデメリット
産直ECサイトの良いところは、⑤と、⑦のうち付加価値の増大、という部分である。②、③については非常に怪しい。農業者自身が自己申告で「美味しい」というのに嘘はもちろんないのだが、他と比べてどうかというのは分からないし、安全性については農薬使用履歴などの提出はあるにせよ、抜き取りチェックなどがなされていない。そのあたりはすべて農業者任せである。また、⑤の点でも、価格競争などはさせないと食べチョクは謳っているが、その具体的手法は示されていないし、おそらくそれを防ぐすべはない。食品という、「安全安心」が最も保証されなければいけない分野において、なぜ第3者のチェック(しかも定期的に)という根本的なことがなされていないのか。例えば、『有機野菜なので美味しいですよ』ということは絶対的にFALSEである。美味しさは慣行農法有機農法関係ない。そういう主張が現れた時にこのECサイトはどのように対峙するのか。メルカリでは「無農薬野菜」という表記で売っていた農家に対して同業者からの指摘が相次いだりしている。
逆に、農業者が非常に高く価格を設定したとしても、それは「ブランド商品」としての価値があると消費者がとらえるのであればいいではないかというスタンスだろう。しかし、お金をメディアに払って殊更美味しいかのようにアピールし、サイトで高くても買う人を引き付ける、というような「マッチポンプビジネス」が出てきたらどうするのか。農業者同士が、生産量や品質(秀品、などのような規格の意味で)などで正当に競争できる環境と、不正をさせない環境は、良くも悪くも今までの「市場流通」が作り上げてきたことだ。
もちろんここには弊害もある。味の良い農産物が市場では評価されない、大量の規格外品を生む、などだ。産地においてJAは評判は悪いことが多いが、農薬の抱き合わせ販売や資材や保険販売で農業者の囲い込みをしていることが問題であって、共同出荷場の整備や物流費用の逓減のための機能は非常に素晴らしいものだ。
(2)農業者にとってECサイトはどう活かせるのか
産直ECサイトが農業者の根本的な課題「農業では稼げない」ということの解決にならないのは、「産直ECで稼げる農業者」は農業者全体のおそらく10数パーセントにすぎないからである。もちろん、非常に有効に使える農業者もいる。少量多品目の生産農家にとってはECサイトでの販売は効果が高い。
しかし、それ以外の「小品目大量生産」の農家には向いていない。いわゆる「ナス農家」「ジャガイモ農家」などの方々にとって、ECサイトはそこまで魅力的ではない。そもそもナスを農家から直接買うという人は、果樹やトマトに比べたら少ないのが現実である。
若い農家でECサイトで非常に大きな売り上げを得ている人はいる。しかし、多くの農業者はECサイトを使えていない、もしくは使っていない。その理由は高齢者だからITを使いこなせていないとかそういうものだけでなく、先のナス農家などのように「使う必要がない」「使う意味がない」。実際若くてECサイトで稼いでいる農家の生産品目は、トマト、果樹、果実が多い。沖縄のパイナップル農家や柑橘の農家などだ。そしてすべての稼いでいる農業者に言えることだが、SNS(ブログ、Twitter、Facebook)などもフル活用している。つまり、PRやブランディングは自分の手で頑張っている。ECサイトに出したら売れる、というわけではないことは上の記事などにもしっかりと書かれている。自分自身による情報発信は農業者に限らずどんな業界でもある程度必要だが、すべての農家がそこまでできるわけではない。
私の知り合いの農業者で、『年寄りがもっと若い人に土地を譲ってくれればもっと生産量が上がるし、もっと売れる、儲かる』という人がいる。確かにそうだろうが、その人は増えた面積からの農産物をすべてECサイトで売ろうとは考えていない。むしろ、増えた分機械化などで効率化して低コストでできるようになった品目を市場流通を経て稼ぐ、という使い分けをしている人が多い。
ECサイトが最も弱いのは実は⑥の面で、消費者は「画面上では」いろいろな農家を見ることはできるが、その野菜が一度に届くとは限らない。つまり、スーパーに行けばいろいろな野菜を比べながら選ぶことができ、肉も魚も調味料も買えるが、農産業のECサイトでは当然のことながらそれはできない。農業者が出荷したいタイミングと、消費者が食べたい、料理したいタイミングも完全に合うことはない。
消費者がこういった産直ECサイトで野菜を買ってどのように使っているかというと、30代40代の独身女性もしくは家庭で、日曜日あたりに野菜セットが届いて、それぞれ調理するなどして平日のお弁当やおかずを仕込んで冷蔵庫冷凍庫に入れる、というのがよく見られる。もしくはトマトなどは常備菜として適宜使うというものだし、果実は自分の好きなタイミングで食べられるので良い。しかし、このようなライフスタイルの生活者はどのくらいいるのか、という問題である(これについてはいろいろデータを取り寄せて検証している最中である。)。近所のスーパーマーケットの即時性、利便性には圧倒的に負ける。
(3)送料という大きな問題
消費者にとって、胃袋の問題もあるが、冷蔵庫の容量ということも買い物をするにはとても大切なことである。4人家族で野菜を買うとしたら、せいぜい数日分。白菜など買ってしまった日には冷蔵庫の大半を圧迫してしまう。
そういった保管機能が都会の住居ではなかなか確保できない分を、送料で負担しているという消費者も実際にいる。しかし、1回あたり800円として、月間5回なら4000円。これを「コスト」としてどこまでとらえられるか。
この文中で
「現状では、個人間の物流では多大なコストが発生しており、それをどれだけ解消していけるかはまさに産直ECの課題としてあると思っています。
しかし、私個人としては今後テクノロジーでどうにかできる問題なのでは?と楽観視しています。実際に「クックパッドマート」というサービスでは、共同集荷サービスにより配送コストを下げる取り組みが始まっており、生産者の適正買取価格に配送コストを載せた金額設定でも、スーパー小売価格と同等の値段になっています。」
という物流コストへの見解がある。
しかし、クックパッドマートはそれでは今は広がっているのかというと、残念ながらそこまでではない。品ぞろえがよくとも、家まで届けてきてくれないのは利便性に劣るということだ。こういったサービスは非常に面白いのではあるが、「ラストワンマイル問題」が必ず発生する。
様々な会社が開発に向けて努力しているが、その未来はまだまだ先だ。
(4)スーパーマーケットとの差別化はできるのか
先に述べたように、スーパーマーケットの利便性と即時性にはECサイトはかなわない。市場流通の最終ポイントであるスーパーに勝てるポイントは、農業者のストーリーという概念だ、と先に挙げたRinさんのnoteでも指摘されているし、食べチョクもそのように謳っている。
しかし、この世の中ストーリーはあふれかえっている。消費者が農業者一人一人のストーリーを感じてくれるのはありがたいが、情報をどこまで(何人まで)消費者が理解して、何人の農家のファンになってくれるかというのは現実的に限界がある。
ではなぜこのようなECサイトがスーパーマーケットに比べて新しいビジネスとして脚光を浴びているかというと、「スーパーマーケットが野菜や食品の価値をお客様に伝えることを放棄するようになってしまったから」に他ならない。
2019年5月のTV番組カンブリア宮殿で、スーパーサミットの話が取り上げられた。コミュニケーション専門のスタッフなどを用意して、お客様の様々な対応をしていることを、村上龍氏が、買い物では、店員と顧客との会話などがいまはなくなった。サミットは「郷愁の創出」をしている、と言う、、、
が、その郷愁を捨てたのはスーパーでなくて消費者と思ってる。共働きで買物時間かける家庭が少なくなり、高齢者の胃袋は小さくなり一円でも安さを求める。スーパーは対面販売のコーナーをやめ、対面販売が売りのはずの商店街は生鮮品のお店からなくなった。これは消費者の動向が変わったから。
ライフスタイルの変化が商店街を変え、スーパーを変えた。
食べチョクなどの産直ECサイトを展開する企業は、おしなべて「生産者のストーリー」を前面に押し出す。それはそれでいい。しかし、農家の中には「誰が作った、というのは知られてほしいが、殊更なんやかんや言わなくても、美味しいと思ってまた買ってもらえるように頑張ればよい。野菜は脳味噌(ストーリー)で食うもんではない」という人もいる。実際、究極のマーケティングとは「営業コストをゼロにする」ことである。ストーリー作りは大切だが、その商品を気に入ってくれるかどうかは結局味と価格のバランスだ。ストーリー作り合戦を農家にさせるのは正直どうかと思う。
味・品質を生産側でしっかりと取り組んで、流通網がその味と価格をしっかりと吟味したうえで、数多くの競合品などから目利きのバイヤーが選んで消費者にしっかりと特徴を説明できる体制の小売店が売る、というのが私の思う理想的な生産品の流通体制である。
その時には物流コストは最も低くなり、消費者にとっても時間的利便性と即時性だけでなく、在庫リスクも減る。スーパーでの売れ残り食品ロスが問題だが、それこそIT化によって適切な販売量と利益確保のスキームが確立されるべきだ。似たようなECサイトの構築や消費者向けの野菜選びAIに投資するより、本来なら物流全体をとらえたうえでの産地での作付け適正化と消費の適正化を実現させる物流システムに投資すべきだと思う。ただこれをすべき大手食品商社はいない。加工品レベルでも、物流コスト逓減までしか実現できていないが。
これができると、今話題になっている「農作物の値段が低すぎて産地で野菜が廃棄せざるを得ない」問題も解決するかもしれない。
農作物廃棄を産直ECサイトのようなものを開発して解決する!というクラウドファンディングでPRしている取り組みがあるのだが、これはまったくもって無理な話である。その話は次回に書こうと思う。