みんな自分のことしかわからない
さて、アメリカには再びドナルド・トランプ大統領が戻ってくる。私はトランプ大統領のファンじゃないし、ぜんぜん安心できないのだけど、2016年の大統領選直後に比べればパニック・アタックを起こしそうな気分まではいっていない。
なぜかと言えば、前回のトランプ政権時もアメリカに住んでいた経験者なので。私に言わせれば、絶望しそうなほど滅茶苦茶なことがおきたけど、国が崩壊することはなかった(まあ、崩壊への歩みを進めたとは思うけど)。
民主党が大負けした理由について、左派のバーニー・サンダース上院議員が「労働者層を見捨てた民主党が、労働者層から見捨てられただけ」と批判した。ニューヨーク・タイムズ紙コラムニストのデイヴッド・ブルックス氏は「学歴社会とともにこの何十年かで大卒の人達と、そうでない人達の生活差は大きくなるばかり。自分達に成功の機会が与えられず、生活は苦しくなる一方。現状を変えたいという人はみなトランプ氏に投票した」とコメントしていた。
みんな、自分のことしかわからない。民主党は現政権でも労働組合への支援を強化して、20%とか大幅な賃上げを勝ち取った組合もけっこうあるし、アマゾンやスターバックスのように新たな組合組織が広がったところもある。「見捨てられた」と言われる南部の州が新たな事業を誘致できるよう政府が積極的に投資をし、実際に事業や工場誘致に成功した地域がいくつもある。民主党の政治家から見れば「労働者を見捨てた」と言われるのは不本意だろう。
でも日常生活に目をやれば、大卒以上でないと求人に応募さえできない企業は多いし、労働組合があって給与や充実した福利厚生が保証されている職場なんてごく一部。同じ労働者でも、そうした仕事につけず、パート仕事を掛け持ちして凌いでいる人から見れば、労働組合なんてエリート団体に見えるはず。
構造的に存在する格差は、もはや解消不可能なんじゃないかと思う。安定した仕事につくには、大卒資格が必要といっても、大学の学費はとんでもなく高い。日本と違って、何歳になっても大学に入りやすい環境にはあるけど、先立つものがなければ、借金漬けになる覚悟が必要。一方で、福利厚生がしっかりした企業で働く人は、会社の学費支援を受けて、資格をとったり、仕事をしながらさらに高い学位を目指したりして、もっと稼げる可能性が広がっていく。
高インフレに悩まされてきたアメリカは、対策としてこの2年ほどは高金利を続けてきた。すでにまとまった額の貯金がある人は、黙っていても5%前後の利子が手に入る。わかりやすく円にすると、例えば1千万円を銀行に寝かせておくだけで、年間で50万円増えるってこと。株式に連動した個人年金口座や投資口座の残高が15%とか、それ以上あがった人もいるだろう。
日本ではよく、アメリカでは子供の頃から金融教育を受けていると言われるが、そんなのは一部の人だけ。年金口座を含め株に関連した資産を持つアメリカ人は国民の半数程度だし、1千万円分の貯金どころか、突発的な支出のための貯金が5万円もないという人や、住宅ローン、学費やクレジットカードの負債を抱えているという人が圧倒的多数を占める。こうした人にとって高金利は、往々にして借金残高が増えるだけの地獄でしかない。さらにインフレ状態が続いてきたんだから、不満の声があがらないわけがない。
最初から大学に行くのが当たり前みたいな家に生まれ、社会やお金の仕組みをそれなりに理解して手堅く生きてきた余裕のある人と、借金しながらカツカツの生活を送る家庭で育ち、何とか学費ローンを組んで大学に進学してみたけれどうまくいかず、さらなる借金だけが残ったという大勢の人達や、住む場所の確保すら難しく、学校給食を頼りにサバイバル・モードで生きてきた人とでは、世界観や社会に求めることが大きく違うのだ。
みんな、自分のことしかわからない。有権者がそれぞれ自分の要求を満たしてくれそうな人に投票した結果、トランプ大統領の再登板になってしまった。でも、トランプ大統領やそのとりまきだって、自分のことしかわからない。結局は前回みたいに自分の利益にかなうことしかやらないんじゃないかな。
またいろいろ壊すだけ壊して、金持ちが最大利益を得るような減税をし、自分達の業界が得をするよう規制緩和をし、支持者には「がんばれば、誰もが自分のように成功できる」と射幸心をあおり、「成功できないのは、XXのせい」という陰謀論的な敵を人々の頭の中に植え付ける4年間になるんじゃないかしら。
構造的な格差を少なくするには、どうしたらいいんだろう。私は暗い気持ちになりつつも、前回のトランプ政権で起きたことを思い出しつつ、壊れそうな家電は今のうちに買っておこうかな、なんて考えている。関税が上がると、輸入品は高くなるからね。それにアメリカ以外に住める場所の調査も再開しないとなあ、なんてね。
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