改釈・小柴垣草紙(フリー台本)
※商業利用でない場合、連絡不要
※「#かたり屋シン」を付けること
キャスト (2名)
女(内親王)…16歳
男(警護の若武者)…18歳
基本的な情報
斎王(さいおう)…伊勢神宮に奉仕するために派遣される皇族の女性。伊勢に向かう前に嵐山にある野宮(ののみや)神社に2年以上も籠って身を清める。
小柴垣草紙…平安時代末期に描かれたとされる春画の絵巻物。「小柴垣(こしばがき)」とは野宮神社を表す言葉。986年に野宮神社で身を清めていた済子(なりこ)内親王が、警護にあたっていた美男の若武者を誘惑し密通したという噂が流れ、斎王を解任されるというスキャンダルをベースにしている。
本編
(可能なら竹林のざわめきSE)
女「お入りなさい。人払いは済んでいます」
男「はっ、失礼致します」
女「良く来てくれた。今宵はそなたに、折り入って頼みがあるのです」
男「頼み、と言われましても、私はただの下級貴族。本来ならば姫様にお目通りすることすら畏れ多い身分でございます」
女「なればこそ、です。都に居る権力欲の権化どもには、絶対に頼みたくないことなのですから」
男「はあ。して、その頼み事とは、いかなるもので?」
女「なに、簡単なこと。私を、女にして欲しいのです」
男「…今、なんと?」
女「私を女にせよ、と言ったのです」
男「お、恐れながら!姫様は畏れ多くも伊勢大神宮(いせだいじんぐう)の斎王として、この野宮で潔斎をなさる御身のはず!気の迷いであられるならば、聞かなかったことにしますゆえ、何卒…!」
女「…気の迷いではないとしたら、どうします?」
男「え…?」
女「そなたも聞き及んでおろう。斎王というのがいかなる存在か。伊勢に赴き、いつ終わるとも知れぬ奉斎(ほうさい)の日々を強いられるのです。かつては三十七年もの長きに渡って勤めを果たした斎王も居るとか。言ってみれば、伊勢大神(いせのおおかみ)への捧げ物に他ならぬのです」
男「…帝より直々にご指名の、大切なお役目と存じます」
女「数多の内親王(ひめみこ)の生涯と引き換えの、ね。でも私は、そんなことのために生まれて来たのではありません。伊勢の地でゆっくりと枯れていくくらいならば、せめて一夜だけでも女として生まれた意味を感じたいのです」
男「姫様…」
女「もう一度、頼みます。私を、女にしてください」
男「…断ったならば、その懐剣で命を断つおつもりでしょう?ならば貴女を救うため…私も覚悟を決めましょう」
(可能なら木々のざわめきSE)
女(モノローグ)
「事が露見して、私は斎王の任を解かれ、山寺で尼僧として過ごすことになった。どうということもない。鳥籠の置かれる場所が、少しばかり変わっただけの話。ただ、あの若武者を巻き添えにしてしまったのは、本当に申し訳ないと思う。息災に、しているだろうか…」
(可能なら潮騒SE)
男(モノローグ)
「事が露見して、私は隠岐へ流されることになった。犯した罪を考えれば、斬刑を覚悟していたのだが、どうやら姫様が助命の歎願をしてくださったらしい。せめてあの一夜だけでも、姫様は鳥籠から解き放たれただろうか。息災と安寧を祈願しつつ、今日も遥か都の方角に向き合い、写経の筆を走らせる…」