小説【 水の星を旅する男 】

急激な地殻変動と温暖化により地表の大半が水没して久しい未来。浮島で暮らす一家のもとに旅人の男がやってくる。束の間の休息と淡い恋。しかし別れと危機が迫っていた。

―――***―――

急激な地殻変動と温暖化により地表の大半が水没して久しい未来。

住む土地を失くした人々は争い、人類の人口は激減した。生き残った人々の多くは前時代の遺物で浮島の町を作り暮らしていた。

   ***

ジマーという男は町に住まず船で半日かかる海上で暮らしている。小さな浮島に小屋を建て、それを中心に海藻と海苔と牡蠣の養殖用ロープを張り、一緒に暮らすのは妻と娘。

今日ジマーが町を訪れたのは収穫を売って潜水服を買うためだった。潜水服は前時代の遺物を加工したもので今で言う軟式潜水服。ウェットスーツにヘルメットを付け空気の供給ホースを繋ぐもので、ホースに空気を送るポンプも一緒に買った。ポンプは人力でホースの長さは50m。今までコツコツ貯めた全財産を使っての買い物でジマーは店を出ると笑顔になる。この時代に包装などの習慣はなく潜水服とホースとポンプは剥き出しのまま担いで船着場に向かった。船着場は町の北端にあって中心部を引き返す。町には魚介類を売る店が並び、ロープや網や釣具を売る店もある。そして漁師たちが集まる賭博場や売春宿。ジマーはそれらを毛嫌いしていたが今日は上機嫌で通過する。

そのジマーに目をつける者がいた。チンピラの男2人でジマーを尾行し船着場に向かう。

船着場と言っても海底までの支柱はなくただ先端の筏と町を板で繋いだもので波の動きに合わせ始終揺れた。それでも途中途中のフロートに係留すれば船を泊められる。ジマーの船は双胴の帆船で乗れるのはせいぜい2人の小型船。左右の船体に船倉があって荷物を分けて積む。それを隣りの船の男がジロリと見た。男の名はガイズ。三胴船の甲板で昼寝していたが物音で目を覚まし、ジマーを一瞥して二度寝しかけチンピラ2人に気づく。2人は離れてジマーの様子を窺いコソコソ話している。

「豪勢だな」とガイズはジマーに話しかけた。

ジマーは声の主を探してガイズを見つけると「ああ、まぁ」と微笑する。

「どっちに行く?」とガイズは続け、

「なぜ」とジマーが聞くと、

「東に行くのはよした方がいい」とチンピラ2人に向かって大声を出す。「もうすぐ嵐が来る」

チンピラ2人は東の水平線を眺め、再びコソコソ話したあとガイズを睨んで町に戻る。

それを見送ったガイズは「ひとりでそんな買い物をすれば襲われる」と普通の声に戻ってジマーを見る。

ガイズの視線で男たちを追い払ったとわかったジマーは「ああ、ありがとう」と苦笑する。

「嵐が来るのは本当だ。今から出るのはお勧めしない」とガイズは首を振る。

「そうかい?」とジマーは東の空を見た。確かに水平線に雲の峰がある。「しかし向かうのは北だ。東じゃない」

「それでも荒れる」

「家族が待ってるんだ」雲行きが怪しくてもジマーには帰らないという選択肢はなかった。「急がないと」

「とめはしないが」

「忠告どうも」

   ***

ジマーの妻マナンはジマーより11歳年下の32歳で働き者。

ジマーは出かける前に「今日ぐらい休めよ」と言ったがマナンは朝からずっと魚をさばいていた。家族が食べる用の干物を作るためで、探せばいくらでもやることはあった。

娘のフィリーは海に潜って海藻の養殖網のあいだを縫う。魚を探す。マナンによく似た13歳の美少女だったが自宅の浮島しか知らず、同年代のともだちがいないため人目を惹く自分の美しさに自覚がない。無邪気な子だった。

両親以外に接したことがあるのは海賊の男たち。その海賊が来たのは昼下がりだった。フィリーは銛で魚を仕留め、海面に顔を出したところで気づいた。エンジン音がかすかに聞こえ、水中メガネをはずして北東の水平線を見ると2つの船影。フィリーは急いで海から上がり浮島の南にある作業場に向かった。海藻や海苔の干場があるほか釣った魚を放す生け簀もある。その作業場の一角でマナンは働いていた。

「母さん、母さん」とフィリーが駆け寄ると、

「手を動かしてる方が落ちつくの」とマナンは遮るように言う。「休めないでしょ父さんだって働いてるんだし」

「ヤツらが来た」とフィリーは指さす。

「え?」

マナンは顔色を変えて手をとめると小屋の先に向かう。

浮島は住居の小屋を中心に桟橋を十字と円状に組み、中心から放射状に養殖網を張っていた。船着場の筏は北側にあって円の内側には作業用の小舟、外側にはジマーの帆船を泊める。その筏の斜め先に2艘の船が見えた。

「隠れよう」とフィリーはマナンを見上げ、

「どこに。隠れても見つかるし荒らされるだけ」とマナンは首を振る。

「収穫ないよ。父さんが今朝持ってって」とフィリーは怯えた顔で、

「母さんが話す」とマナンはゆっくりうなずく。フィリーを怖がらせないために落ちついた声を出す。

しかし海賊が着くまでのあいだ、仕事で使う携帯ナイフを服の中に忍ばせた。夫のジマーが不在の時に海賊が来るのははじめて。話で済むかはわからない。何をされるか。フィリーを守るためなら刺し違える覚悟だった。

海賊たちはいつもの5人で筏に船を付けると我が物顔で来る。

「船はどうした。親父は」と言ったのは一番大きい男で、

「いません」とマナンは短く答える。

「どこ行った」

「南の町に」

「まさか収穫を? 持ってったのか?」

「残念でした」

「全部か」と男は浮島を見まわす。「なぜ残しておかない」とマナンの胸倉をつかむ。

「さわらないで」とマナンは抵抗する。「約束した覚えはありません」

「さわるな」とフィリーがマナンの後ろから飛び出して男の腕をつかむ。

「邪魔だ」と別の男がフィリーを突き飛ばし、

「あ」とフィリーは声を上げて桟橋に倒れた。

「子供にやめて」とマナンがさらに抵抗すると、

「生意気言うな」と大男は平手打ちする。

「あ」とマナンはフィリーと逆側に倒れた。

「この!」とフィリーが立って向かうと別の男が阻んで羽交い締めにする。

「ガキでも女だろ」と大男は倒れたマナンを押さえ込み覆いかぶさって顔を近づけた。「売り飛ばしてもいいんだぞ。それとも味見してやるか。あんたが先でもいい。どうする」

   ***

ガイズの言う通り天気は急変し嵐になって海は荒れた。雷を伴った暴風雨でジマーは帆を下ろしなんとか安定を保とうとしたが翻弄され大きな波に飲まれた。

   ***

小説【水の星を旅する男】を含む短編集は10月5日に発売しました。続きは以下の画像からどうぞ。

画像1


いいなと思ったら応援しよう!