MW論文 その2
(その1から続く)
Ⅲ ブランド保護のための具体的な規制等
候補となる法令改正等を考えるに当たり、まずは製法あるいは定義上ウイスキーとは呼べないものがウイスキーとして製造・流通することにより、いかなる利益が損なわれるかを検討した上で、その利益を保護するために新たな、または既存の法令改正等を候補として挙げて分析する。
1 損なわれる利益
ジャパニーズウイスキー(JW)の製造、流通、販売、消費に関し損なわれる可能性がある利益を、誰がどのような不利益を被るかに着目し、列挙する。
(1)消費者の安全
ウイスキーが安全に製造されることは、消費者にとって極めて重要な利益である。
安全な製造とは、製造の過程における生産従事者等の作業安全ではなく、製造された物品が消費者において安全に消費されることを指す。
太平洋戦争後の日本では酒類が貴重品であり、燃料用アルコールを水で薄めたバクダンと呼ばれる密造酒が店頭で提供されることがあった。燃料用アルコールには有害物であるメチルアルコールが含まれ、これにより失明等の中毒者が多発するなど、多くの健康被害を生んだ。
今やこのような危険な飲料が提供されることはまずないが、だからといって安全性に配慮しなくてよいとはならない。今も変わらず食品の安全は消費者の重要な利益に直結している。
(2)消費者の合理的な選択
自らの望むウイスキーを合理的に選択できることは、消費者にとって極めて重要な利益である。
消費者が自らの望むものを手に入れることは、当該物品が市場にあり、かつそれを入手するに足るだけの財がある限り、正当に行われなければならない。
しかし、契約自由の原則の前提に立つと、「当人同士が納得できていれば何の問題もない」として、不当な取引が行われる可能性があることは、「ガラス玉をダイヤモンドとして買わされる」の喩えを持ち出すまでもなく明らかである。
悪意か善意かを問わず、合理的な選択を行えば合理的な結果が得られるという当然の環境が整えられていることは、消費者の重要な利益に直結している。
(3)製造者等の公正な競争
ウイスキーを製造、流通、販売する過程において、これらに関係する事業者が最も重視するのは価格だろう。
製品等を安く製造し、または購入し、これを高く売却することで利益を得ようと考えるのは当然のことだが、これが行き過ぎれば、意図的に悪評を流したり、商品の模倣を行ったり、虚偽表示を行ったりといった不正な競業行為で不当な利益を得る事業者が現れる。
大正時代に争われた「大学湯事件」では、「大学湯」という名前の銭湯の近隣に、同業者が「大学 湯」という名前で銭湯を開業したことの違法性が問題となった。確定判決はその違法性を認める判例となったが、今もこのような脱法行為が後を絶たない。日本で製造していないウイスキーを輸入・ブレンドしただけのものが、日本のウイスキーとして堂々と販売されている現状も、このような脱法行為のひとつと言えるだろう。
このような行為が、粗悪品の流通のみならず、事業者同士の公正な競争を阻害することで、結果として当該業界の経済的停滞を招き、ひいては個々の製造者等の健全な経済活動が望めなくなるおそれもある。
以上により、公正な競争を担保することは、製造者等の重要な利益に直結している。
(4)知的財産としての産品の名称
JWの人気は、その名称に対する信頼に支えられている。
この信頼感は生産者等の努力の賜物として自然発生的に生まれたものだ。信頼感があるから消費者は製品を購入し、期待していたとおりの(または期待以上の)品質に満足することでより信頼感を高め、また生産者においてもその信頼に応えるべくより高品質な製品の製造に尽力する。JWもまたこの好循環の中で、高品質である(つまり美味しい)というイメージと一体不可分に定着してきたのである。
一方で、このような良いイメージにあやかり安易な商取引を行う者もいる。JWも、JWというラベルさえ貼られていれば中身が何であるかにかかわらず短期的には人気を集めることができ、そのような現状もある。こうした行為は消費者の期待外れにつながり、また真摯な生産者等の意欲を削ぐため、長期的には悪影響しかない。この点は、前出のキャンベルタウンやアイリッシュの歴史が証明する。
ここで大事なのは、JWという産品の名称それそのものが信頼感の源泉となっていることと、そのイメージを保証する品質、製法、それらをもたらす地理的要件等と一体不可分となっていることである。
だとすれば品質、製法、それらをもたらす地理的要件等を、これらを象徴する名称を一体の価値があるものとして保護する必要が生ずる。さもなくば名称だけが独り歩きし、その価値を保証する品質が望めなくなるからだ。
以上により、その名称を知的財産として保護し、これに対する信頼を棄損しないような枠組みをつくることは、製造者・消費者の双方にとって重要な利益に直結している。
(5)酒類取引の安定
日本の酒類はおよそ酒税法により課税対象とされ、その総額は令和4年度で1兆1280億円、国税収入のうち1.5%を占める。このうちJWが寄与する割合は少ないが、安定した収入源として見込まれる品目であることは確かである。
仮にJWが国内外で信頼を失ったとすれば、製造や取引の減少を招き、当然の結果としてJWによる国税収入の減少を招くことになる。
また取引を行う酒類業者においても、取引の減少は収入の減少を意味する。
以上により、酒類取引の安定を担保し、国と酒類業者双方の収入を守ることは、国(ひいては国民)、酒類業者の双方にとって重要な利益に直結している。
2 新たな、または既存の法令改正等の候補
本稿の目的を達成するため、上記1(1)から(5)で述べたそれぞれの利益を保護法益とする法令等を、以下検討していく。
(1)食品表示法
上記1(1)の食品の安全を保護法益とする法律に食品表示法があり、消費者庁が所管する。
本法の規制対象にはウイスキーも含まれるが、特に酒類では、財務大臣が当該(安全)基準の案を添えて、内閣府(消費者庁)にその策定を要請することができることとしている。
これにより内閣府(消費者庁)が内閣府令として策定する食品表示基準においてJWの定義を示すことができれば、関係事業者に対する包括的かつ実効性ある規制を行うことができる。
ただし、現行の食品表示基準を見ると、その表示義務や表示禁止事項はすべて食材の量や性質、特性に関するものであり、製造のレギュレーションに関する事項は含まれていない。また品目についても「酒類」とひとまとまりにして示されているのみで、ウイスキー単独の項目はない。
これは、食品表示法が食品の安全のために必要最小限の分類と規定を行った結果であると考えられる。製造過程がどのようなものであっても、成分が人体に害を及ぼさず、その旨が表示され、かつ責任者が明らかになっていることが食品の安全においては重要なのだし、その観点からは酒類をひとまとめにして規制するだけで十分なのだから、わざわざウイスキーやビール、ワインなど細分化を図る必要はない、ということだ。
以上により、これらの法令に食品等の製造方法まで踏み込んで規定できる余地は乏しく、JWのレギュレーションを規定するのは実現性に乏しい。
(2)景品表示法及びJAS法
上記1(2)の消費者の合理的な選択を保護法益とする法律に、不当景品類及び不当表示防止法(景品表示法)と日本農林規格等に関する法律(JAS法)があり、前者を消費者庁が、後者を農林水産省(酒類につき財務省)が所管する。
① 景品表示法
本法が規制する「表示」は、顧客を誘引するための手段として商品について行う広告その他の表示であって、内閣総理大臣(公正取引委員会)が指定するものであり、ウイスキー(商品)のラベル(表示)等もこれに当たる。
この表示に関しては「不当に顧客を誘引し、一般消費者による自主的かつ合理的な選択を阻害するおそれがあると認められるもの」等を不当な表示(優良誤認表示)として禁止している。
JWもラベルを貼る以上、その中身がJWでなければ優良誤認表示に当たる可能性があり、製造・販売等を行う事業者を規制できることになる。
しかし、そもそもJWの定義が十分に定まっても広まってもいない現状において「日本で作られたウイスキー」=「JW」であるという素朴な理解も必ずしも間違いではないし、ウイスキーの優劣に関する社会通念も確立しているとは言い難いことから、これらのウイスキーをすべて優良誤認表示であると判断するのは難しい。
また、あくまで同法は商品への個別的規制を図るものなので、流通するウイスキーを品目ごとにひとつひとつ告発していかなければならず、いわゆる「いたちごっこ」となるため現実的な手法とも言い難い。
以上により、景品表示法の改正は現実的ではなく、JWのレギュレーションを規定する実現性に乏しい。
なお、同法に基づく規約として、すでに「ウイスキーの表示に関する公正競争規約、施行規則及び運用上の取扱い」(ウイスキー表示規約)が制定されている。この中には現状、ウイスキー製造のレギュレーションに関する事項は含まれていないものの、熟成年数に関する言及があるなど、不正競争を防止する目的を達成する限りにおいて幅広な基準が設定できる余地があることから、ここを拡張してJWのレギュレーションを定めることは不可能ではない。
もちろん、仮にレギュレーションを規定したところで、規約の効果範囲は当該協定又は規約に関係する事業者、事業者団体のみに限定されるが、規約という現行の組合内規より法的位置づけが高いもので規定することは大きな意味を持つだろう。
以上により、ウイスキー表示規約を改正しここにレギュレーションを規定することは(本稿の目的を達成できるとまではいえないが)一歩進むためのひとつの方策となりうる。
② JAS法
本法は、一般消費者の合理的な選択の機会の拡大を図り、もって利益の保護に寄与することを目的として、JAS規格(告示相当)やJASマーク等を規定している。
JAS法は元々酒類を対象としていなかったが、令和4年にJAS規格に有機酒類を追加する法改正が行われた(所管は財務省)。これにより今後広範な酒類を同法の対象とする道が開かれたと見ることができる。
そしてJAS規格には、平準化規格であるJAS規格(品質の平準化が目的)、有機JAS規格(有機製品であることの認証が目的)、特色JAS規格(高付加価値・こだわりがある製品であることの認証が目的)の3区分がある。もしJWを規格化するのであれば、生産工程まで細かく規定できる特色JAS規格において定めるのが望ましいだろう。
ただし、そもそも認証制度があってもJWブランド保護につながらない可能性については留意する必要がある。JAS法がJWとして認証されていないものへのマーク付与を禁じたとしても、マークを付与しない限りにおいてこれをJWとして製造・流通させることまでは禁止しないからだ。
とはいえ、JWの定義に法律上の根拠を与え、かつ認証制度によりそのブランドを公的なものとして取り扱うことには十分な意義が認められる。
以上により、JAS法の改正により酒類一般(またはJWのみ)をJASの対象とし、特色JAS規格においてレギュレーションを規定することは、本稿の目的を達成するためのひとつの方策となりうる。
(3)独占禁止法及び不正競争防止法
上記1(3)の製造者等の公正な競争を保護法益とする法律に、私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律(独占禁止法)と不正競争防止法があり、前者を公正取引委員会が、後者を経済産業省が所管する。
① 独占禁止法
本法は、私的独占、不当な取引制限及び不公正な取引方法を禁止することで公正且つ自由な競争を促進し、国民経済の民主的で健全な発達を促進することを目的とする。
本稿に関係する論点としては、不公正な取引方法の解釈として告示で示された「ぎまん的顧客誘引」がある。
これは「自己の供給する商品…に関する事項について、実際のもの又は競争者に係るものよりも著しく優良又は有利であると顧客に誤認させることにより、競争者の顧客を自己と取引するように不当に誘引すること」であり、JWでないものをJWと誤認させる行為がこれにあたる可能性がある。
しかし独占禁止法基本問題懇談会の過去の議事録を参照すると、「ぎまん的顧客誘引について独占禁止法で法的措置を取ったことはない」と記述がある。その理由として「この種の違反については主として景品表示法上の不当表示ということで処理をされてきて」おり、したがって「ぎまん的顧客誘引で違反金の対象とすることは本当に必要かという問題がある」からだと示される。
この論を踏まえると、本稿の問題を独占禁止法の枠組みに落とし込もうとしても、結局は景品表示法の問題として処理されることとなるため、独占禁止法の改正等によりジャパニーズウイスキーブランドの保護を行うことも現実的ではない。
② 不正競争防止法
本法は、事業者間の公正な競争及びこれに関する国際約束の的確な実施を確保するため、不正競争の防止等を講じ、もって国民経済の健全な発展に寄与することを目的とする。
法律の中で「不正競争」として3つの類型が定義される。具体的には、
「周知な商品等表示との混同を招くもの」
「著名な商品等表示を冒用するもの」
「他人の商品形態を模倣するもの」
である。これをJWに適用するならば、それぞれ、
「『山嵜』という類似した名称を用いる」
「『ザ・山崎』など名称をそのまま使う」
「山崎とビン・ラベルのデザインを似たものにする」
などとなり、端的に言えば「紛らわしいもの」が不正競争として定義されていることになる。
一方、JWでないものをJWと誤認させる行為が押しなべてこれらの不正競争にあたるわけではない。上記の不正競争は、あくまでも名称や形態に着目しており、その内容物のレギュレーションとは無関係だからだ。この点、まずありえないことだが、サントリーが醸造アルコールに色と香りづけをしただけのものを山崎ウイスキーのビンにそのまま入れて『山崎』として販売したとしても不正競争には当たらない。
そもそも、ここで規制されているのは混同、冒用、模倣であり、個別具体的な商品との類似性であってJW全般に対する不正競争ではない。つまり、同法はレギュレーションを判断基準とすることが原理的に困難だということになる。
以上により、定義されたレギュレーションに基づく包括的な枠組みを本法に組み込むのは難しく、不正競争防止法の改正等によりJWブランドの保護を行うことは困難であり実現性に乏しい。
(その3に続く)