MW論文 その4
(その3から続く)
Ⅳ 規制等の実現の方策
上記Ⅲにおいて、どのような法令改正等が本稿の目的を達するかを検討したが、本項ではこれを実現するための現実的な方策について述べたい。
法令改正等を行う場合、その制定・改正主体は法律であれば国会(国会議員)であり、政省令以下の法令であれば行政(当該法令を所管する省庁)である。この点、第三者がいくら要求しても、これら主体が動かなければ法令改正等は絶対に実現しない。
法令改正等に当たっては、まずは国会議員または所管省庁の担当者に対し「その気」になってもらう必要があり、そのための働きかけを行うことが求められる。
以下、具体的な働きかけの方法と、これを行うべき主体について述べる。
1 働きかけの方法
(※実務論なので割愛します)
2 働きかけの主体
働きかけの主体は個人であっても団体であってもよい。
しかし、着地点を明らかにした働きかけにおいて、数の力は効果的である。団体である場合にはその団体または構成員の属性がものをいう場合も多い。
このような主体を誰に置くか、下記のとおり検討する。
(1)議員連盟
行政への働きかけは国会議員を通じてこれを行うことが望ましい。国会議員から行政への働きかけも、個で行うより集団によるほうが影響力は大きい。
当然、ジャパニーズウイスキー(JW)についても、問題意識を一にする国会議員により議員連盟(議連)の結成を促すことが望ましい。議連を通じた行政への働きかけはもちろん、議連内での勉強会を通じた問題の明確化が図られることも期待できる。
なお、酒類に関する現行の議連には、酒販制度研究会、ワイン愛好議員連盟などが存在する。
※議員連盟については、2024年6月14日に「国産酒類の世界レベルの価値確立をめざす議員連盟」が、2024年6月20日に「国産ウイスキー振興議員連盟」が設立されました。先生方の今後の活動が期待されます。
(2)団体
行政や議員に対し働きかける団体として、まず民間企業としてのウイスキー文化研究所(ウイ文研)が考えられる。また組合内規を策定した日本洋酒酒造組合(組合)もその主体となり得る。
ただし、ウイ文研については営利法人であることから働きかけを行う主体としては公益性を欠き、組合も必ずしもJWを専任する組織でないこと、また組合内規が運用されたばかりで働きかけの動機付けに乏しいことから、いずれも的確な働きかけが行われない可能性がある。
このようなことから、上記2法人からの働きかけを期待しながらも、JWを主眼とし、かつ公益的な活動を基軸とした新たな団体を設立することが望ましい。
この点、モデルとなるのは、ワインにおける日本ワイナリー協会や、一般社団法人日本ワイン文化振興協会である。このような任意団体や一般(または公益)社団法人の枠組みにより、日本の主要ウイスキー製造業者とクラフトウイスキー製造業者、販売者、さらにマスター・オブ・ウイスキーを念頭に置いた専門家をメンバーとする団体を設立することが考えられる。
この団体には、上述の働きかけはもちろん、組合内規のようなレギュレーションの制定、研究教育、資格認定、PR、請願や陳情を行うことも期待されることから、現状のウイ文化研の業務の一部を発展的に移転することも検討される。
※団体については、2024年8月1日に「一般社団法人日本ウイスキー文化振興協会」が発足しました。片野も評議員のひとりとして名を連ねています
3 小まとめ
以上の議論をまとめると、次のとおりとなる。
働きかけの方法としては、国会議員への意見上申を介した行政への働きかけを主軸としつつ、請願や陳情、また審議会や研究会等への参画を図ることが望ましい。
また働きかけの主体としては、議員連盟の結成を促しつつ、既存組織からの発展的な移転または新設により、協会(任意団体)または一般(公益)社団法人を設立することが望ましい。
Ⅴ 結論・おわりに
1 結論
以上、ⅡからⅣまでの議論をまとめ、本稿の結論の概略を述べたい。
法令改正等は、次の目的を踏まえ行われなければならない。
①『ジャパニーズウイスキー』はレギュレーションを満たすという保証を与えること。
② レギュレーション違反に対する規制力を与えること。
③『ジャパニーズウイスキー』が確立・保護されているというメッセージを示すこと。
候補となる法令改正等は次のとおり。
① レギュレーションをJAS法に基づく特色JAS規格、または酒類業組合法に基づく表示基準の制定(いずれも国税庁所管)
② 景品表示法に基づくウイスキー表示規約の改正(消費者庁所管)
③ 酒税法の改正(国税庁所管)
上記達成のため、国会議員に対して意見上申をしつつ議員連盟の結成を促すとともに、主体となる組織について、協会・社団法人を設立する。
以上、本稿では上記のとおりひとまず結論を導き、今後のJWブランド保護のための提言を行うこととする。
今後はこれを具体的な行動へと移すための各論を議論することが求められる。
2 おわりに
筆者が若いころ、ウイスキーは「アルコールがきつく、つらい酒」だった。
これは、初めて触れたウイスキー(日本のものであるが、安価であり、おそらく組合内規を満たさない)の印象によるところが大きく、翌日の体調不良とともに記憶に焼き付いた。そのせいか、ウイスキーを飲むということがほとんどないまま20年以上が経過した。
久しぶりにウイスキーを飲んだのは、ほんの数年前のことだ。ひょんなことから廉価なスコッチウイスキーを飲んだ筆者はウイスキーとはこんなにも美味い酒であったのかと驚いた。
それから筆者は、さまざまなウイスキーを味わい、ウイスキーを愉しんでいる。幸せなことだと喜びつつ、同時に、この幸せを知らないままにいたことを後悔してもいる。そしてもし、初めて触れたウイスキーが違ったものであったなら、この愉しみを20年以上も損なうことはなかったのではないか、とも。
酒販店の店先を眺めれば、特に日本のウイスキーに、このような「愉しみを損なう」ものが数多く並んでいる。
前出のとおり、安価な酒類にも、そういうものだと理解し納得して購入する消費者の需要があり、これらを一律否定することはできない。だが一方で、もしこのようなウイスキーを「ジャパニーズウイスキーだ!」と期待し手に取った消費者がいたとしたら、その期待はどれだけ裏切られることになるだろう。
この問題は、現在、特にインターネット上で「ウイスキーの闇」などと揶揄されつつ提起されている。その言説はほとんどがただ現状を憂うもので、建設的な議論には至っていない。これは仕方のないことだ。問題を解決するために彼らができることは、問題提起だけだからだ。
だとすれば、今行うべきは、必要な法的整備と体制整備を、それをできる者が速やかに行うことではないか。そのための下準備や根回しを行い、具体的な方策を提言し、実現していくことではないか。
このような経緯から、筆者は本稿を執筆した。筆者は現職の国家公務員であり、法令整備に関する提言や支援を行うことができると(僭越ながら)考えたからである。ウイスキープロフェッショナル(WP)試験を受けたのも、マスターオブウイスキー(MW)の受験資格を得て本稿を評価者各位に読んでもらうためだ(もちろん、最低限の素養として少なくともWPに合格できる程度の知識は具備していなければ提言の資格はないと考えたからでもある。)。したがって本稿も、MWになるためのものというより、JWを取り巻く現状をいかにして変革していくか、その意見具申に主眼を置く。
筆者は、ある種のブームの渦中にあるJWは、今後、ブームの落ち着きとともに下降線を辿ると考えている。このとき必要な法整備がなされていなければ、JWは衰退するしかないことは過去の歴史が証明する。しかし、もしJWが正しく日本の文化として位置づけられているならば、ブームの落ち着きはむしろ成熟期を意味し、今後の100年に続くJW隆盛の基礎となることが期待できるだろう。
現在、そして未来のジャパニーズウイスキーのために、筆者も全力を尽くしたい。本稿はそのための、第一の提言としたい。
(おわり。参考文献等は省略します。)