これからのジャパニーズウイスキーのために その1
「ウイスキーの闇」なる言い回しがあります。
ウイスキーがお好きな方には周知のことと思いますが、日本の酒税法は(歴史的な経緯はあるものの)ウイスキーに関し、恐ろしいほど雑な定義を行っています。具体的には「水と醸造アルコールと香料で9割薄めても」、「ウイスキーらしさの象徴である熟成を一切行わなかったとしても」、なんなら「外国産ウイスキーをそのまま使っても」、「ジャパニーズウイスキー(JW)として製造・販売して構わない」というものです。
このようにして生まれた偽?JWを、私もいくつか飲みました。
あくまで個人的所感として……美味しいものもあり、まずいものもありといったところです。ただし、ジャパニーズらしさがある値段相応のものかと言われれば、首を捻ってしまうのが正直な感想です。(よく話題になるトップ○リュに関してはJWというよりウイスキーらしさが皆無でしたが、歴史的経緯を踏まえたある種の「日本らしさ」は感じました。効率よくアルコールを摂取できるという意味では、よくできた商品だと思います。)
そんな偽JWですが、しかしスーパーの店頭ではどれも「私は美味しいJWです」という顔をして売られていることが多いです。きちんとしたJWの中に紛れ、そこそこいい値がつけられたこれらをきちんと判別できるか。制度についてよく知らなければ(よく知っていたとしても)これはなかなか難しいのではないかと思います。
このような現状に、いちウイスキーファンとしては憤りを覚えます。いくらなんでも商売として不誠実、いえ詐欺的であるとさえ思います。しかしながらこのような偽JWを生み出している一部の製造・販売メーカーは「法的な問題はないのだから何の問題もないでしょ」、あるいは「ほかのメーカーだってやっているじゃないか」と開き直っていますし、国や業界も事実上黙認しています(言わば共犯者です)。
なので、ウイスキーの闇とは実にふさわしい言い回しだと感じます。これを闇と言わずして何というべきか、という意味で。
言い過ぎを訂正しますと、この状況に対し、業界が完全に黙認しているわけではありません。
日本洋酒酒造組合は、JWの製造基準に関する内規を2021年に制定(2024年に施行)しました。ここにおいて、「ジャパニーズウイスキー」と呼ぶための条件として、(雑に言えば)混ぜ物をしないこと、3年の木樽で貯蔵すること、国内蒸留所で製造することなどの要件が課されました。これをもって一応、業界としても偽JWの跋扈に黙ってはいないぞという姿勢を明らかにしたのだと思います。
しかし、あらゆる場所で言及されているとおり、これはあくまで組合の内規です。非組合員には関係がないし、そもそも内規を読むとわかるのですが、組合員が違反したところで、具体的なペナルティは規定されていないのです(規定されているのは、理事会が付託した審議する、ただそれだけです。審議したら終わりです。)。
他国のウイスキーが軒並み法律によって製造基準を規定し、これに違反すれば「法令違反」として処分され罰せられていくことと比べると、日本の組合内規は著しく実効性に乏しいのです。
そして、このような状況こそが偽JWをのさばらせる原因とさえなっているように思えます。
実効性の乏しいものを盾に「これ(組合内規)があるから大丈夫」などと、本気で思えている方がどれくらいいるでしょうか。いずれにせよ組合内規は、規制という光の当て方として実に中途半端なのです。そしてこのような中途半端な光を当てるからこそ、むしろ闇は濃くなるのです。
このような現状を憂慮し、今、JWの製造基準を法制化しようという動きがあります。
私は、この動きを強く推しています。なぜなら、法律の後ろ盾があれば、製造基準を「国が認めたものである」と強く主張することができるからです。現行の内規のように「業界が認めただけのもの」とは期待できる実効性がまるで異なるのです。
もちろん、法律の効力範囲はその法律を定めた国の中だけにとどまるという制約はあります(属地主義)。ですので、例えばですが、日本で作った米焼酎をアメリカに持っていき1年ほど熟成、それをジャパニーズライスウイスキーとして、「”Clear”をグーグルで日本語訳してみたら出てきた言葉を使ってみたラベル」を貼って売る、といった謎商売は規制できません。
とはいえ、このようなウイスキーに対し、「それはJWではない」と批判するとき、国内法の有無は大いに関係してくることになります。「それは日本の法律でJWではないと規定しています」と明確に……もといはっきり言うのか、それとも「まぁ日本の業界は一応JWとはしていないだけで……」と曖昧に言うのかでは、説得力に明確な……もとい大きな差があります。
ですので、属地主義を念頭においても、まず日本の国内法でJWとは何なのかを規定することが、ひいては世界でのJWの品質担保につながることが期待できると考えます。
一方で、このような法制化を望まない方々もおられます。
具体的には、現状の組合内規の規制で満足している方々、あるいは新規参入を考えている方々の中におられるようです。
前者は、①すでに十分クオリティの高いJWを製造できているので余計なことをしたくない方々と、②JWを製造せず(または、できず)粗雑な酒税法の恩恵にあやかり大衆向けの商売をしたい方々、にわかれるでしょう。
後者は、③新たなJWを作る意欲に溢れるが規制が厳しくなると経営に不安が出る方々と、④ブームに乗っかっていっちょ噛みしたいだけなので法規制は困る方々、にわかれると思います。
いずれにもそれなりの理由があるわけですが、それでも法規制を進めるべき理由はあります。
例えば①の方々に対してはうまくいっているのは今だけという視点を持っていただきたいと考えています。今は好調でも、よもや2000年前後の苦境を忘れたわけではないでしょうし、100年後も美味しいJWを作っていくために、レギュレーションが重要であることはわかっているはずです。
②の方に対しては、大衆向け製品はJWのラベルがなければ売れないのか、もしそのデータがあれば教えていただきたいです。現状、JWかどうかを気にする顧客層が対象ではないように思えますので、そうであれば法整備に反対する理由もなさそうです。まさか分不相応に高値を付けたい、というような不誠実な商売をしているわけでもないのでしょうから。
一方、③の方々へは、まず理想のウイスキー作りを志されていることに心から尊敬します。そして10年以上先を見据えて長期的な経営に挑まれていること、この点は安定した一公務員の私に口出しできる世界ではありません。さはさりながら、法規制が法の後ろ盾により「確かなもの」の価値を生み出すのだ、ということは念頭に置いていただけるとありがたいです。誠実なウイスキー作りを行っていただく限り、JWの法制化は採算を悪化させるものとはなりません。ニューポットや3年未満の製品もJWと銘打たなければ販売は自由ですし(この辺りはスコッチ等と同じ扱いです)、法制化によりJWの価値が確立することのメリットのほうが大きいと考えています。
最後に④の方々へは、まずウイスキーは嗜好品だというご認識を持っていただきたいと考えています。そう、嗜好品なのですから、誠実なもの作りをしなければ、一儲けどころか赤字のリスクのほうが高いので、参入を控えられたほうがいいかもしれません。
居丈高の物言いで申し訳ありません……とエクスキューズしつつ申し上げるのは、以上を見れば推察できるように(というか法律とはそもそもそういうものなのですけれど)、法規制は粗悪・粗雑な業者のふるい分けに大きな効果を持つということです。
もちろん、現在の経が不安定になりはしないか、これからの経営に悪影響があるのではないかという企業としての不安は理解できますし、ある程度は慮られるべき要素です。しかし、いわゆる5大ウイスキーのうちジャパニーズだけ法規制がないことや、5大ウイスキーではない新興国が次々と当地の個性あるウイスキーを法規制の裏付けがある中で製造していること(台湾でも、インドですら法があります)などを踏まえれば、もう日本には組合内規があるからいいのだと議論を閉じるのではなく、むしろ改めて法規制の必要性を真摯に検討すべき時期に来ているのだと思います。
100年先のJWを見据えるのならばなおのこと、この点は強く主張しておきたいと考えています。
その上で、私としては、このような法規制の具体的な内容について少し私見を述べたいと思いますが、これは次の項に譲ります。
(その2に続く)