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これからのジャパニーズウイスキーのために その2

 ウイスキーのいかなる要素がウイスキーをウイスキーたらしめるのか。
 別の言い方をすれば、ウイスキーを形作る根幹にあるものは何か。
 この問いに対しては三者三様、十人十色の答えがあると思うのですが、あくまで私見として、ウイスキーには少なくとも3つの要素が必要だと考えています。時間と、器、そして人です。

 ウイスキーがウイスキーとなるためには、間違いなくそれ相応の時間を要します。穀物を糖化、発酵、そして(2~3回)蒸留すればすぐウイスキーが完成……ではなく、蒸留液はその後、相応の時間を経て初めてウイスキーとなるのです。いわゆる「熟成」という過程です。
 もちろん、人が漫然と生きているだけでは何も成長しないように、蒸留液もほったらかしのままでは熟成しません。そこには樽という熟成のための器が必要です。ウイスキーの多種多様な香味はその多くが樽に由来しています。例えば樽材に含まれるリグニンは、アルコールと反応しバニリンという香味成分を生みます(ウイスキーに特有のバニラのような甘い香りの源です)。他にも多くの香味成分が樽という器からもたらされており、「ウイスキーとは、樽を飲むようなもの」と喩える方もいらっしゃるくらいです。そこまでではなくとも、人間が学校や社会で多くのことを学び成長するのと同様、樽はウイスキーにとって不可欠の学び舎となっているのだと思います。
 最後の要素は、人です。
 ウイスキーは極論すれば、穀物を糖化、発酵そして(2~3回)蒸留して樽に放り込んでおけば勝手に出来上がります。そもそもスコッチウイスキーはそのようにして偶然誕生した経緯を持ちます。とはいえ、それはあくまでも「ウイスキーのでき方」であって「ウイスキーの作られ方」ではありません。上質なウイスキーを作るためには、人間の知恵と経験が絶対的に不可欠なのです。
 例えばポットスチルの形をどうするか。ミドルカットをどこに置くか。どのような樽にエントリーするのか。どんな場所でどのくらいの期間貯蔵するのか。そしてどのタイミングで樽から出し、それぞれの原酒をどのようにブレンドするか……すべては人間の意図のもとで行われ、もっと美味しいウイスキーが出来上がります。言い換えれば、ウイスキーを「形作る」最大の要因は、やはり人なのだと思います。

 さて、以上のようなことは、裏を返すと「ジャパニーウウイスキー(JW)に『絶対的に』求められること」でもあります。
 時間は掛けられているか、器は適切か、人が正しく管理しているか。JWを法制化する際の具体的な内容を検討するに際しても、まずはこの3つの要素がレギュレーションとして含まれ機能するものとなっていることが求められるでしょう。
 厳しい言い方となりますが、他国がレギュレーションとして法令できちんと担保しているにもかかわらず、日本の酒税法等が一切顧みてもいないこれらの要素こそが、最も重要なものなのです。

 もちろん、以上のことはあくまで理想論(しかも私見)です。
 理想がすぐ現実になればよいのですが、社会に揉まれて一定程度の年数を経た方(ウイスキーでいえば12年もの以降)が経験的に理解されているとおり、世の中は理想だけで動くものではありません。
 「言うは易し、行うは難し」と言うように、理想を現実のものとするための行動には莫大なエネルギーと創意工夫が必要です。私はJWの法制化を心から願っていますが、この実現に向けては、そもそもの実現可能性、実効性の検討が入念に行われなければなりませんし、また、くだらなく聞こえるかもしれませんがそれでも重要なこととして、関係者への十分な説明とエクスキューズなどを常に念頭に置く必要があるだろうことも念頭に置くべきです。
 このような考え方の下、JWのレギュレーションの法制化に当たり、実務的な観点から求められることは3つあると考えています。すなわち、

① 「ジャパニーズウイスキー」に必要最低限のレギュレーションがあり、国内と、かつ可能な限り国外においてもこれが担保できる工夫を行われていること
② 新規クラフトウイスキー蒸留所の立上げや経営を妨げないこと
③ 現行の組合内規との棲み分けが明確になされていること

の3つです。
 以下、それぞれの趣旨につき説明します。

 まず①について。これは法制化が万能ではなく、法律にしたからと言ってすべて問題が解決するわけではないことを意味しています。法律に書けば、すぐその内容が実現するわけではないので、書かれた法律に実効性を持たせるためにどのような制度設計とするのかを考えなければなりません。
 これに関し、レギュレーションの程度は「必要最低限」のものとしておく必要があります。本来、規制とは最小限のものでなければならず、法令においてもJWとして何が必要なのかという最低限の条件が書かれるべきものです。この最低基準を、安易に罰則に頼ることなくどう守らせるか。ここには創意工夫が必要です。
 もうひとつの、国外でどのように実効性を持たせるか、という問題があります。
 法律を学ばれた方はご存知のとおり、法律には「属地主義」の考え方があります。これは、ある国で作られた法律の効力は、その国でのみ有効となるという原理原則です。
 JWをいかに日本で法制化したところで、その効力は海外には及びません。例えば現在問題になっているアメリカの謎JW(明確でないもの)も、日本でいかに法制化を図ったところで規制しようがないのです。このような謎JWを、それでも諸外国で跋扈していかないようどう制度などを作るか(あるいはブランディングを行うか)は、やはり創意工夫は大いに求められます。

 ②について、日本は現在、クラフトウイスキーブームの只中にあります。
 2000年初頭、国内のウイスキー蒸留所はごくわずかしかありませんでした。しかしハイボールや、ドラマ『マッサン』のブームに加え、国際的な品評会でJWが高評価を得たこともあり、その価値が高まり、今では100を超えるクラフト蒸留所が稼働中、準備中であるとされています。
 一方、蒸留所経営には、ウイスキーの特性上「商品化に時間がかかる」という難しさがあります。
 具体的には、10年後に売るもの(実際に売れるかどうかはわからない)を、今のうちに製造し熟成に回さなければなりません。初期投資やランニングコストは大きく、しかし収益は10年待たなければ期待できません。商品として考えたとき、これを製造・販売するのは相当難しいのではないかと思います。それでもウイスキー作りに果敢に挑もうとする作り手、経営者が多く現れているのは、ウイスキーが将来的にも商売になり続けるだろう目論見があるのは当然のこととして、ウイスキー作りに大きなロマンを感じてくださっているからなのだと思います。
 だとすれば、もちろん経営者が正しいウイスキー作りをしている限りにおいて、その経営活動を少なくとも法制面で支えていかなけれなばならないましてや阻害することなどあってはならないと考えます。
 したがって、法制・レギュレーションに求められるのは、必要最小限の規制によって経営活動への負荷も最小限にとどめることであり、しかしこの最小限の規制で十分JWの品質が担できること、となります。
 実際に検討してみると、レギュレーションの面からは、JWはスコッチを模したのだから同様のレギュレーションにすべきではないかという意見がある一方、そもそも気候風土が異なる地域で作られるものに同様のレギュレーションを当てはめなくともよいのではないかという意見があります。
 また、法規制においても、レギュレーション未満のものは押しなべて悪であって一様に規制すべきだという意見がある一方、企業経営上はその規制の度合いもグラデーションがあってしかるべきであり、例えばJWと銘打たなければ基本的に活動は自由であるべきだという意見もあります。
 いずれにせよレギュレーションという線引きをする以上、その線をどこに引くべきかという議論は必須ですし、引かれた線を知らずに、または意図的にまたいできた企業に対してどのような制裁、制限が課されるべきかという議論もまた、企業経営をどこまで規制すべきかという議論とともに精緻になされるべきでしょう。

 ③について、現時点では日本洋酒酒造組合が内規(組合内規)を施行しています。
 ですので、現状としてはまず一旦(具体的には1~2年ほどは)この内規の実効性を確かめるべき局面にあると考えています。
 この組合内規は、組合員である日本の名だたる酒類メーカーの方々が知恵を絞って作られたものですので、内容としては必要にして十分(すぎるくらい)なものとなっています。自浄作用もある程度は期待できますので、まずはしばらく経過観察するのがベストかと思います。
 とは言うものの、その実効性の行く先については、すでに暗雲が立ち込めていると言わざるを得ません。
 組合に加盟しているM酒造という企業があります(非加盟ではありません)。M酒造はこれまでいくつか物議を醸したウイスキーを作ってきた(作っている)企業です。具体的には、海外輸入の原酒を使ったウイスキーを日本のウイスキーとして販売したことがあります。というか、現在進行形で販売しています。
 これらの行為そのものは法令に触れず、また道義的にも責められるほどのものではありません。安くて美味しい大衆向けウイスキーを作るための工夫と言ってしまえばそのとおりですし、他のメーカーも普通に行っていることだからです。
 M酒造が物議を醸したのは、このウイスキーの世間への示し方にありました。M酒造は「輸入ウイスキーをさも日本で蒸留・熟成したかのように表示して」おり、かつ「疑われる程度には他の有名銘柄を模倣していた」のです。あまつさえ、M酒造が関係していると思われる某蒸留所は、その敷地において蒸留の実態が確認できないなどの疑惑もあるのです。

 M酒造(及びその関連企業)が作るウイスキーには、しばしば日本国内の都市名などが用いられています。これは、組合内規第6条第2項に照らし合わせると、JWの製法品質の要件を満たしていなければなりません

参考:ウイスキーにおけるジャパニーズウイスキーの表示に関する基準
   第6条 特定の用語と誤認される表示の禁止等

2 事業者は、第5条に定める製法品質の要件に該当しないウイスキーについて、次の各号に定める表示をしてはならない。ただし、第5条に定める製法品質の要件に該当しないことを明らかにする措置をしたときには、この限りではない。
一 日本を想起させる人名
二 日本国内の都市名、地域名、名勝地名、山岳名、河川名などの地名
三 日本国の国旗及び元号
四 前各号に定めるほか不当に第5条に定める製法品質の要件に該当するかのように誤認させるおそれのある表示

 M酒造(及びその関連企業)のウイスキーは、明らかにに第5条に定める製法品質の要件を満たしていません。かつ、私が確認できた範囲に置いて、要件を満たしていないことを明らかにする措置も講じられていません。
 したがって同社のウイスキーは、明らかに組合内規に違反しています。
 そして組合内規によれば、このとき組合は速やかに理事会において決議し、付託を受けた委員会において審議しなければならないことになるのですが、現時点においてこのような審議がなされた形跡もありません。

参考:ウイスキーにおけるジャパニーズウイスキーの表示に関する基準
   第7条(基準の運用)

 本基準は、日本洋酒酒造組合が運用するものとし、基準の解釈、特定の用語の表示方法に疑義があるときは、理事会の決議により付託された委員会において審議するものとする

 平たく言ってしまえば、これは「組合内規が機能していない」事実を示しています。もし組合内規が正しく機能しているならば、M酒造の問題は速やかに議論されており、何らかの対応策が講じられているはずだからです。通常であれば速やかにその結果がプレスリリースされると思いますし、ましてやM酒造のウイスキーがテレビCMで堂々と宣伝されているような現状を黙認するというようなことはないはずです。

 だから組合内規にはまったく意味がない、と言いたいわけではありません。組合内規はもっと軽微な、言い換えれば過失あるいは偶発的に起こってしまった事例を念頭に制度設計がされているように見えますし、そのような事例であれば解決が図られるようには作られているのだと思います。
 しかし故意の、あるいは意図的な事例に対しては、残念ながら効果はなさそうです。
 故意犯・確信犯に対しては、自浄作用が働く余地がない。したがって組合内規は何の意味も持ちえないことを、M酒造の事例がこの瑕疵を端的に浮き彫りにしたように感じられます。
 だとすれば、そこにこそ法令による規制があって然るべきです。なぜなら、自浄作用が期待できない以上、そこから先は国の仕事となるからです。

 ただし、前述のとおり、組合内規には組合内規の役割がありますから、国の規制との間に何らかの役割分担、棲み分けが必要になります。
 この点、現行の組合内規を「望ましいレギュレーション(Want)」として位置づけ、望ましいJWの基準を示しながら、その実効性は業界の自浄作用に任せていく一方、法令においても「最低限求められるレギュレーション(Must)」を位置づけ、最低限JWとして求められるものを示し、その実効性をきちんと法令で担保してはどうか、と考えています。
 必然的に、組合内規と法令で定めるレギュレーションの内容は、前者がより厳しく、後者がより緩やかなものとなります。例えば採水制限は前者にのみあればよいものとなりますし、熟成年数や添加物規制についても、後者はより緩和できる余地がありそうです(3年を2年にする、カナディアンウイスキーのようにごく少量ならリキュール添加を認める、など)。
 ただ、こここそ、作り手、飲み手、評論家、専門家を交えた今後の議論が求められるところでしょう。

 以上まとめますと、法制化にあたってはまず、法制化により達成されるべきことを明確にした上で(上述の①~③)、これを取り巻く個別の事情を勘案しつつ実現に向けて軟着陸させていくことが求められる、というふうになるかと思います(ごく当然の帰結です。)。
 これらのことを踏まえ、次の項では少し具体的な提言・提案も行いたいと思います。

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