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MW論文 その3

(その2から続く)

(4)特定農林水産物等の名称の保護に関する法律

 上記1(4)の知的財産としての産品の名称を保護法益とする法律に、特定農林水産物等の名称の保護に関する法律(GI法)があり、農林水産省が所管する。
 本法は、マラケシュ協定附属書一Cの知的所有権の貿易関連の側面に関する協定(TRIPs協定)において、「地理的表示」を「ある商品に関し、その確立した品質、社会的評価…が当該商品の地理的原産地に主として帰せられる場合において、当該商品が加盟国の領域又は…地方を原産地とするものであることを特定する表示」と定義し保護していることに基づき、国内における法として規定された。
 ただしGI法では、酒類を明確に除外するため、ウイスキーは法の射程から外れ、その適用がない。

(5)酒類業組合法

 上記1(5)の酒類取引の安定とともに酒類の知的財産としての産品の名称も保護法益とする法律に、酒税の保全及び酒類業組合等に関する法律(酒類業組合法)があり、国税庁が所管する。(なお本法は、上記(4)のGI法で除外された酒類の地理的表示について補完するものとなっている。)
 ジャパニーズウイスキー(JW)のレギュレーションとの関係では、酒類の取引の円滑な運行と消費者の利益を目的として国税庁が定める「酒類の表示の基準」に着目する。
 「酒類の表示の基準」はJWも対象となりうるものであり、ここにレギュレーションとしての基準(生産基準)を定めることができるが、現状では指定されていない。
 その理由のひとつは、地理的表示が(酒類の)特性が当該酒類の地理的な産地に主として帰せられることを要件としているためと考えられる。JWの特性が産地たる日本に帰せられるのは誤りではないが、範囲が広すぎるということだ。そもそも「日本で作る」ことが特性の主要因であるならば、いかに粗雑であっても日本で作ればそれはJWと言えてしまう。
 一方、日本の風土で培われてきたJWを「日本で作る」という属性と切り離すことはできないし、「日本で作る」ことの中に「日本のレギュレーションで作る」ことが含まれると考えることもできる。
 だとすれば、JWのレギュレーションを生産基準として定めることは可能であり、本稿の目的を達するために極めて有力な手段となりうる。
 この点、ジャパニーズワイン(日本ワイン)に関しては、すでに国税庁告示「果実酒等の製法品質表示基準を定める件」としてレギュレーションが定められており、これに関して平成28年国会でも、国税庁次長答弁において次のとおり言及されている。
 
「(前略)酒税の保全及び酒類業組合等に関する法律に基づきまして、国際的なルールを踏まえたワインの表示ルールでございます果実酒等の製法品質表示基準を、国税庁として、昨年10月30日に定めたところでございます。この表示ルールにおきまして、国産ブドウのみを原料に使用したワインを日本ワイン、輸入果汁を原料に使用したワインなどを国内製造ワインと定義し、その違いを明確にいたしました。このことにより、日本ワインの国際的な認知度の向上が図られ、消費者の商品選択も容易になると期待しているところでございます。」
 
 この結論はそのままJWにも妥当する。
 以上により、種類業組合法に基づきJWの表示基準を定めることは、日本ワインという前例があることを踏まえ、本稿の目的を達成するためのひとつの方策となりうる。
 
 さて、以上(1)~(5)で7つの法令について検討したが、本項ではこれらに加え、新規立法と酒税法改正についても改めて論じておきたい。

(6)新規立法

 イギリスにはスコッチウイスキー法(Scotch Whisky Act 1988)がある。同法では3(1)においてレギュレーションを規定し、これについてはさらにスコッチウイスキー規則(Scotch Whisky Regulation 2009)において詳細に規定しており、もってスコッチウイスキーの地理的呼称を含むブランドを保護している。
 最も効果的なのは、言うまでもなくこのような法令による直接の規定であり、本来は「JW法」のような個別法を新規制定することが望ましく、かつ自然な形であるといえる。
 しかしながら、日本ではこれまで他にブランドを直接保護する法律は存在せず、前例のない新規立法を行うことが極めて困難であることを踏まえれば、実現性には乏しい。
 もちろん、日本の文化的財産というべきJWを、たとえ罰則を持たない理念法であったとしてもその制定を通じて明示することは、他国が概ね法によりウイスキーを保護していることとの並びとしても重要である。

(7)酒税法改正

 上記Ⅱの2において、現行の酒税法による規制は大雑把ではあるものの、酒税の適正徴収という目的は達するものであり、かつ同法が原理的にウイスキーを定義できる構造とはなっていないことからすれば、ブランドとしてのウイスキーを同法において定義すべきではないとを述べた。
 言い換えると、そもそも問題なのは、酒税法はウイスキーでないものもウイスキーと見做すことで徴税の公平公正を保とうとしているにすぎないにもかかわらず、外形的には同法がウイスキーそのものを定義しているように見えてしまうことにある。
 この問題は、酒税法が「ウイスキーは」「かくかくしかじかのものである」と素朴に定義していることにより発生する。本来は「本法においてウイスキーではないものも便宜的にウイスキーとみなした上で徴税の対象とする酒類は」「かくかくしかじかのものである」と書くべきである。
 ところで、これまでの多くの議論では、「ウイスキー(主語)はかくかくしかじかのものである(述語)」という論理の中で、述語をいかに改正するかという観点から行われてきたが、視点を変え、主語の変更により所要の目的を達成できないかを検討する。
 つまり、ウイスキーの「定義」を詳細にするのではなく、定義は粗雑なまま、その「定義対象」の変更を(酒税法の目的や趣旨を阻害しない範囲で)考える
 そもそもなぜウイスキーとは呼べないものがウイスキーとして製造・流通・販売できているかといえば、それはいかに粗雑な酒類であったとしても「酒税法上はウイスキーなのだから、ウイスキーとして扱ってよい」「少なくとも『嘘はついていない』」という方便が用いられているからである。
 これは酒税法上のウイスキーの「定義」がどのようなものかというよりも(それも問題ではあるが)それを「ウイスキー」として定義してしまっていることのほうに問題がある、と見ることができる。
 この問題を解決する最も単純な方法は、ウイスキーという文言そのものを変えてしまうことであり、具体的には、酒税法第3条第15号柱書きを以下のとおり改正することである。
 
(旧)15 ウイスキー          次に掲げる酒類…をいう。
      ↓
(新)15 単行複発酵蒸留熟成酒(穀類) 次に掲げる酒類…をいう。

 
 本案は「ウイスキー」という文言を「単行複発酵蒸留熟成酒(穀類)」に置き換えただけのものだ。これは「穀類糖化蒸留酒」でも「糖化酒」でも「樽熟酒(麦芽)」でもなんでもよく、ウイスキーという名詞を用いなければいい。
 この改正より、これまでウイスキーでないにもかかわらず酒税法上そう定義されているという方便をもってウイスキーとして扱われてきた商品が、酒税法上の新たな文言である「単行複発酵蒸留熟成酒(穀類)」としてのみ扱われるようになる。その上で、もしウイスキーと銘打ちたいのであれば、酒税法によらない新たな根拠(例えば組合内規など)に従う必要が出てくる
 この方策は、これまで「ウイスキーであるウイスキー」と「ウイスキーではないウイスキー」とを一緒くたにしていた「(酒税法上の)ウイスキー」を、「(酒税法上の)単行複発酵蒸留熟成酒(穀類)」へと読み替えるだけのものであり、これら二つを明確に峻別するものではない。あくまでウイスキーではないものをウイスキーとして売らせないことを目的とするものだ。
 しかし、これによりウイスキーでないものをウイスキーとして扱っていた業者に対する一定の抑制が図られ(少なくとも、もはや「嘘はついていない」とは言えなくなる。)、ここに現状唯一のレギュレーションである組合内規が機能することで、本来のJWとは何かが明確になり、ひいてはJWブランドが保護されることが期待される。

3 小まとめ

 以上の議論をまとめると、次のとおりとなる。
 
(1) 食品表示法   実現性に乏しい
(2)①景品表示法   実現性は乏しいが、ウイスキー表示規約の
            改正を検討しうる
   ②JAS法    特色JAS規格の新規策定を検討しうる
(3)①独占禁止法   実現性に乏しい
   ②不正競争防止法 実現性に乏しい
(4) GI法     適用がない
(5) 酒類業組合法  表示基準(告示)の新規策定を検討しうる
(6) 新規立法    実現性に乏しい
(7) 酒税法     第3条(定義)の改正を検討しうる

 
 JWとは何かを明確にするべく具体的なレギュレーションを制定するのであればJAS法に基づく特色JAS規格、または酒類業組合法に基づく表示基準の新規制定が方策として挙がる。すでに日本ワインの基準を定めた前例が存在することを踏まえると後者がより現実的な方策と思われるが、前者も含めた幅広な検討が求められる。
 また、現行の組合内規のレベルを高める意味でも、景品表示法に基づくウイスキー表示規約の改正も検討対象となる。
 さらに、定義がもたらす混乱を避ける目的であれば、酒税法の改正もなお視野に入る。
 
(その4に続く)

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