椛狩~赤の運命

作詞・作曲:日比谷カタン
3rd Album【Post Position Proxy】収録

https://www.youtube.com/watch?v=XEaCjC18S2w

扇子(かぜ)に記した 写経の跡を
なぞる指先 ささくれ化膿んだ 瘭疽(むらさき)※1
降魔(ごうま)の利剣 ※2 手にはしたもの
迷う矛先 遠い目をして ふたり
 
狸谷の童子めぐり ※3 十四章目に彼女は ※4
「もう臨終(おしまい)かもね」と微笑み
深く溜息をつく

静寂を殺めた その空砲は
神の身罷(みまか)り ※5 か 虚しい勝鬨(かちどき)※6 か
ふたりの歴史の譬(たと)えか

赤に染まる山に蠢くは あまりに 鮮やかな 椛(もみじ)
疎まし気に 彼女は続けた
「あれは怨霊の掌? それとも
 水に潜(くぐ)らせた
 あたしの嬰児(こども)たち ※7 かも。」


銀杏並木の学舎 ※8 の裏
たどる記憶に 誘われ弔う同胞
あの時 埋めた 摩多羅(まだら)の仮面 ※9
咽(むせ)る 想い出 挿げ替え供えた 山茶花(さざんか)
 左利き隠し続け怯える僕に 右利きの彼女は
 「大内裏(だいだいり)※10 みたいね」と皮肉り
 脅すように高く 笑う

亡国に谺(こだま)する その宣誓(ちかい)は
幽世(かくりよ)※11 か 空蝉(うつせみ)※12 か 刺し違えるか
覚悟の自刃(じじん) 迫るのか
 赤く燃える山に煌(きらめ)くは あまりに あまりな 椛
 誇らし気に 彼女は続けた
  「あれは 血に染まった あたしたちの掌。
   今更 逃げられない 運命、いや 使命ね。」
躰に刻む 罪と罰と 向かう道先
あまりに あまりに あまりに あまりに 赤く


※1:瘭疽
ひょうそ(瘭疽)のこと。細菌感染症の一種。爪囲炎、化膿性爪囲炎ともいう。黄色ブドウ球菌の感染により、爪の周りが赤く腫れて痛みを伴う。

※2:降魔の利剣
不動明王が手に持つ、悪魔を降伏(ごうぶく)するという鋭い剣。京都府京都市左京区、瓜生山にある狸谷山不動院の境内には、宮本武蔵が打たれて修行し、心の剣をみがき、己に克つ”不動心”を会得したという武蔵滝がある。案内板には「修行熱祷の末、武蔵はついに不動尊の右手に持する降魔の利剣の極意を感得した。敵への憎悪ではなく、己の恐怖・煩悩に打ち勝ったことを悟る。自信を得た武蔵は悠然と山を下り吉岡一門を一撃のもとに倒す。」と記されている。

※3:狸谷の童子めぐり
狸谷山三十六童子巡りのこと。京都市左京区一乗寺にある真言宗修験道大本山の寺院・狸谷山不動院本殿から奥の院までは、不動明王の使者三十六童子(どうじ)の巡拝路になっている。

※4:十四章目に彼女は
あさま山荘事件などで有名な日本の新左翼テロ組織【連合赤軍】の服務規律「第十四章 彼女」から。”彼女”とは、武器等を指す隠語と言われている。

※5:身罷り
この世から罷(まか)り去る意。死ぬ。死去する。

※6:勝鬨
戦(いくさ、戦争)などの勝負事で勝ちを収めたときに挙げる鬨(とき)の声(士気を高める目的で多数の人が一緒に叫ぶ声)。

※7:水に潜らせたあたしの嬰児たち
紅葉の品種、みずくぐり(水潜り)のこと。水子(生まれてあまり日のたたない子、あかご、胎児を指すが、この場合は流産、または人工妊娠中絶により死亡した胎児のこと)の隠喩。

※8:銀杏並木の学舎
学生運動が1970年代に入り全国的に退潮期となってもなお、京都大学では学生寮(自治寮)や一部の学部自治会、
西部講堂などを拠点として運動が一定の勢力を保ち続け、「日本のガラパゴス」と呼ばれる状況を呈していた。

※9:摩多羅の仮面
陰暦9月12日(現在は10月12日)の夜に京都市右京区太秦(うずまさ)の広隆寺で行われる【牛祭】に用いられる仮面。
摩多羅神(またらじん)の役が白紙の仮面をかぶり、異様な服装をし、牛に乗って寺内を一巡し、国家安穏・五穀豊穣(ごこくほうじょう)・悪病退散の祭文を読む。

※10:大内裏
平安京における宮城。天皇の住居・内裏(だいり)と国政・行事執行のための施設を含む。平安京は中国の長安(現在の西安市)をモデルにしているため、大内裏も南向きに建造された。京都の右京区・左京区が地図上では左右逆になっているのはこのため。

※11:幽世
隠世(かくりよ)、常世(とこよ)とも云う。永久に変わらない世界、神域、死後の世界という解釈もされるが、古くは「常夜」とも表記した。日本神話・古神道・神道における二律する世界観の一方であり、もう一方を現世(うつしよ)と云う。

※12:空蝉
この世に生きている人間。古語の「現人(うつしおみ)」が訛ったもの。転じて、生きている人間の世界、現世。うつそみ。源氏物語五十四帖の第三帖の題名。さだまさしのアルバム「夢供養」(1979)に収録されている曲名でもあるが、これは日比谷カタンがさだ氏へのリスペクトを込め、この「椛狩~赤の運命」を作ったことを隠喩している。

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