もふもふは深夜に
相変わらず犯罪者には風当たりが強い。
人も、ぬいぐるみも……。
「残念だ。」
家族が寝静まった真夜中に、ペンギンのポポはやってきた。
「罪名は」
サトシは目を擦りながら慣れたように訊く。
「聞きたいか?」
「一応な」
ポポは革張りの取れた鼻を鳴らすと、メモを開いた。
「フム……、今回は多いぜ。「縫い目広げ罪」と「ビーズゆるめ罪」、「不法寝返り」「マットレス谷挟み罪」それに「ほっとき罪」」
「「ほっとき罪」?この前、「多触罪」で怒られたばっかりじゃないか」
「お前はバカだな。」ポポの手がサトシの額をぽふっとした。
「俺みたいなふわふわの奴らは触られてなんぼなんだよ。触られないと響くんだ。」
「何に?」
「査定にだ。勘が悪いな、2歳の頃のがまだマシだったぞ。」ポポは歳の数ぽふっとした。
「他にまだあるのか」
「もちろん。次は「香水罪」だ」
「身に覚えがないな」
「調査は裏切らない」
「ごめん」サトシはポポの頭を嗅いだ。太陽の匂いに被さるようにシトラスの匂いがする。最近、母が部屋に置いたアロマディフューザーが出所だ。
「俺たちぬいぐるみ界では、その家の匂いが個人情報になっている。だから匂いが強いと他ヌイと混乱してしまうのさ。今、同じ匂いのやつが10ヌイ確認されてる。由々しき事態だ」
「気を付けよう。で、他にも?」
「もちろん。だが、これでラストだ。」
ポポは言葉を切ると、眼のようなビーズが月明かりで鋭く光った。
「「言わされ罪」だ。」
「......つまり?」
「全く鈍いやつだな。「言わされ罪」といえば、ぬいぐるみが思ってもないことを人に言わされる行為に決まっているだろう。」
ポポがサトシの鼻頭をささっとなでる。人でいう肩パンみたいなものだ。サトシも甘んじて受けた。
「言わされ罪は大抵大目に見られるが、例外もある。特に謝らせた時だ。」
ポポはもふもふの腕を張っているように見せた。たぶん怒っている。
「お前たちは自分で謝りづらい時、何かにつけて俺たちに任せるだろう。俺がせっかく午睡を取ろうとしてる時におもちゃの取り合いのせいで駆り出される気持ちがわかるか。しかもご丁寧にお前はお辞儀までさせる。あれは綿がよってしまうからだめなんだ。」
「昼に注意してくれれば良かったのに」
「だめだ、太陽が俺たちを見張っている。そんなことをすれば元の糸くずに戻されてしまう。」
サトシは時計に目をやった。午前3時を回ったところだ。
「そろそろ……」
促そうとしたポポの体はすくい上げられた。サトシはさっとスリッパを履くと、ポポもろとも窓から飛び降りた。
「サト坊、なに考えてやがる!「かどわかし罪」と「裁判サボり罪」もかぶるつもりか!」
ポポは掌でじたばた暴れたが、サトシの決意は変わらなかった。
「ぬいぐるみは太陽が昇ると動けないんだろう?なら僕は自分の脚に賭けてみるよ。もうぬいぐるみ留置場はごめんだからね」
サトシは夜を駆け出した。無数にある住宅街の窓からはクマ、ネコ、ウサギにその他もろもろのぬいぐるみ達が見下ろしていた。
ポポは成り行きに身を任せるしかない。この男がどこまで逃げおおせるか掌中で勘定するほかなかった。
日の出まで残り2時間。
(おわり)